
練馬区立石神井公園ふるさと文化館【1】(東京都練馬区石神井町5-12-16)の2階企画展示室では、9月14日(土)から11月4日(月)にかけて、特別展「大漫会の漫画家たち―石神井公園の桜の木の下で―」が開催中(観覧無料)だ。
「大漫会」とは、都立石神井公園【2】で漫画家たちによって行われてきたお花見の会のことを指す。そもそもは、今から約40年前の1984年春、村上もとか【3】(代表作『JIN-仁-』『六三四の剣』など)、石川サブロウ【4】(代表作『北の土龍』『蒼き炎』など)、竜崎遼児【5】(代表作『どぐされ球団』『闘翔ボーイ』など)がお花見をしたことに端を発する。その後、高橋留美子【6】(代表作『うる星やつら』『らんま1/2』など)や新谷かおる【7】(代表作『エリア88』『ふたり鷹』など)を交えて北海道旅行をした際に両名をお花見に誘い、高橋、新谷の参加した1985年春のお花見から「大漫会」はスタートした。以来、石神井公園でのお花見会は毎年の定例となり、当初は20名程度の小さな集まりであったが、参加者が次々と仲間を呼び込んでいき、多い年では100名以上が参加する大所帯となった。
開催場所が石神井公園であることから、参加者は練馬区を活動の拠点とする漫画家たちが多い。本展では、「大漫会」に参加してきた漫画家たちの描き下ろしの色紙や漫画作品の原画(複製原画含む)、お花見時のスナップ写真、アナログやデジタルなどの漫画制作の道具など、漫画に関するさまざまな物を展示する。
それでは具体的に展示内容を見ていこう。本展は全5章で構成される。
第1章 漫画家のまち ねりま

第1章では、
ちばてつや【8】(代表作『あしたのジョー(原作:高森朝雄)』『のたり松太郎』など)、
竹宮惠子【9】(代表作『風と木の詩』『地球へ…』など)といった練馬区ゆかりの漫画家の著書から、なぜ練馬区が漫画家の居住地として好まれたか、歴史的な経緯を紐解く。ちばてつやは終戦時に満州から引き揚げてきたあと、1956年、高校在学中に漫画家としてデビューし、高校卒業後に編集者の勧めで練馬区に転居したので、60年以上の長きにわたり練馬で活動してきた貴重な時代の生き証人である。本展にも展示されているエッセイコミック
『ひねもすのたり日記』【10】には、古今の練馬の風景が随所に登場する。
第2章 漫画に描かれたねりまの風景

第2章では、漫画の背景として描かれた練馬区の風景(駅や名所など)を、実際の練馬区の地図上にプロットしたパネルを展示する。
あだち充【11】『タッチ』【12】、
花沢健吾【13】『アイアムアヒーロー』【14】、
藤本タツキ【15】『チェンソーマン』【16】など、古今を問わず、あらゆる作品が練馬区を“ロケ地”としたことが一目瞭然。今は失われてしまった過去の情景も作品の中に息づいており、漫画家だけに限らず、漫画作品とも練馬区とのゆかりが深いことがわかる。
『六三四の剣』【17】の舞台は岩手県だが、作中で登場するお寺の梵鐘は、実は石神井公園のそばにある真言宗のお寺・三宝寺(東京都練馬区石神井台一丁目15番6号)の梵鐘がモデルになっていることが作者自身の証言によって明かされている。ファンにとっては、“聖地巡礼”の道標となってくれる展示だ。
第3章 大漫会のあゆみ
第3章は、「大漫会」の歴史を振り返る展示内容となっている。1985年の最初期からいくつかの時代に区分し、それぞれの時代に参加した漫画家の作品を展示していく。名前を羅列しただけではイメージを喚起しにくいかもしれないが、実際にコミックスを目の前にすれば、どのような作家たちなのかきっと思い出せるはず。「大漫会」黎明期の資料を見ると、多くの人気作家たちが参加していたことが確認できる。また、練馬区には居住していない参加者も増えていき、漫画家同士の交友範囲の広さが見受けられるだろう。この「大漫会」では、明文化こそされてはいないものの、漫画家にサインを求めてはいけないという暗黙の了解があったとか。この「大漫会」は、日頃は多忙な漫画家たちにとって貴重なプライベートな空間であり、ジャンルや出版社の垣根を超えた交流の場であった様子がうかがえる。
第4章 漫画家の仕事場

第4章は、漫画制作の工程や道具に関する展示だが、それに先立ち、本展覧会のメインビジュアルについての解説がある。パンフレットにも使用されたメインビジュアルは、区内在住で「大漫会」の幹事を務めてきた
本庄敬【18】(代表作『蒼太の包丁 銀座・板前修業日記(原作:末田雄一郎)』など)が70名以上の似顔絵を描いたもので、ラフ画や下書きなどとともに、どのイラストが誰を描いたものかの対応図も展示されている。それぞれの人物の立ち位置からも、漫画家同士の関係性が見えてきそうだ。
本章では、本庄敬、村上もとか、
青木朋【19】(代表作『天空の玉座』『天上恋歌~金の皇女と火の薬師~』など)の3人が実際に漫画を制作する際に用いている画材などを展示。なお、現在は漫画制作の手段は多岐にわたっており、アナログ作業の代表例として本庄敬、アナログとデジタルを融合した手法として村上もとか、よりデジタルを多用した制作方法として青木朋の、それぞれの制作工程を解説している。多様化した漫画制作のフローをそれぞれ知ることができるので、ファンならずとも、漫画制作を志す人であれば興味深いだろう。また、村上もとかの展示セクションでは、村上もとかの実際のデスクまわりを再現しているので、名作が生み出される作業環境が体感できる。
第5章 大漫会参加者と思い出

第5章では、「大漫会」に参加した漫画家の原画や色紙が展示される。本展示に原画もしくは色紙を提供してくれた漫画家は総勢37名。原画に関しては、1人につき2〜3点を提供してくれており、110点以上の原画を見ることができる。原画は雑誌や単行本などの刊行物よりも一回り大きな漫画原稿のサイズなので、迫力ある筆致に圧倒されるだろう。また、これだけ多くの原画が一堂に会すと、作家ごとの、あるいは作品ごとのペンタッチの違いなどを見比べることもできるので、さまざまな気づきが得られるに違いない。色紙に関しては、「大漫会」の思い出を直筆で描いてくれた漫画家も多く、ほかでは見ることのできないエピソードやイラストが楽しめるのは貴重な機会だ。
ちなみに、原画や色紙は作家別に展示されており、その漫画家の説明書きのキャプションには「誰に誘われて大漫会に参加したのか」のQ&Aが掲示されている点も興味深い。漫画家同士のネットワークを垣間見ることができよう。

企画展の開催期間中には、トークショーや展示解説会などのイベントも催される。9月29日(日)には「編集者と漫画家の打ち合わせ」と題したトークショーが行われ、漫画家の石川サブロウと、「週刊少年ジャンプ」の元編集者・鈴木晴彦【20】(元集英社全コミック部門担当常務取締役、現(株)MISAKI代表取締役)の対談が実施された。また、展示解説会が10月19日(土)に予定されており、14時から30分程度となる模様。
「大漫会」は一般にはほとんど知られていない、あくまで内輪のお花見であった。
しかし、そこでは漫画家同士の交流が育まれ、またアシスタントたちが漫画家として独立して新たなアシスタントを呼び込み、互いに影響を与え合う土壌を育んでいった。練馬の地に花開いた漫画文化を、ぜひともこの機会に堪能してほしい。