映像∞文化のまち ねりま

コラム ねりま×映像∞文化

「逆境で輝く魂の物語」を紡ぐ村上もとか

加山竜司
フリーライター

 東京都練馬区の石神井公園ふるさと文化館【1】で館長を務める村上もとか【2】は、画業50年を超える大ベテラン作家である。そのデビュー作は、集英社「週刊少年ジャンプ」で1972年40号から49号にかけて連載された『燃えて走れ!』【3】(原作:岩崎呉夫)。この作品で漫画家デビューを飾って以来、数々の傑作を世に送り出してきた。
 最初期の代表作と呼べるのは、『六三四の剣』【4】だろう。本作は小学館「週刊少年サンデー」に連載(1981年17号〜1985年41号)された正統派の剣道漫画である。剣道一家に生まれた主人公・夏木六三四が、父の死を乗り越え、剣道のライバルたちと切磋琢磨して成長していく姿を描いた。かつて漫画業界では、剣道は防具で顔が隠れてしまうので、漫画の題材には不向きと言われていた時代がある。ところが村上は、面で表情が隠れても感情の表出が読み取れる演出テクニックを駆使し、少年漫画らしい起伏に富んだ感情表現を実現した。剣道漫画のスタンダードを構築し、このジャンルを確立させた村上の功績は大きい。
 迫力ある剣道シーンと主人公のビルドゥングスロマンは読者から熱烈に支持され、連載後期にはアニメ化もされた。エイケンの制作で49話(1985年4月18日〜1986年3月27日)、さらに主人公の劇中での成長にあわせて『六三四の剣 青春編』と改題して23話(1986年4月3日〜9月26日)、合計72話がテレビ東京系列で放映された。本作に影響を受けて剣道をはじめる少年が全国に続出し、団塊ジュニア世代を中心に剣道ブームを巻き起こしたのである。
 また、1980年から小学館「少年ビッグコミック」で不定期に連載されたオムニバス形式の短編連作『岳人列伝(クライマーれつでん)』【5】は、登山という、少年漫画としては地味な題材でありながら、確かな内面描写が高く評価され、第6回講談社漫画賞(1982年度)の少年部門を受賞。現在でこそ『神々の山嶺』【6】(原作:夢枕獏、作画:谷口ジロー)や『岳』【7】(石塚真一)に代表されるように、山岳漫画が一ジャンルとして根付いているが、この分野においても村上はパイオニア的な存在といえる。

 喜怒哀楽以上の複雑な感情を表現できる村上の文芸的な作風は、活躍の場を青年誌へと移してからもいかんなく発揮され、とりわけ大河的なモチーフと合致することで、スケールの大きな物語を展開した。その代表例は『龍 -RON-』【8】である。小学館「ビッグコミックオリジナル」で連載(1991年1号〜2006年11号)された本作は、満州事変から太平洋戦争にいたるまでの十五年戦争期の日本と満州を舞台に、主人公・押小路龍の出生の秘密が実際の史実と絡む。この作品は15年にわたる長期連載となり、第41回小学館漫画賞(1995年度)の青年一般部門を受賞した。
 こうした歴史大河と主人公の成長譚を合致させる手法は、続く『JIN -仁-』【9】(集英社「スーパージャンプ」2000年9号〜2010年24号)においても結実する。現代から幕末にタイムスリップした脳外科医・南方仁が、現代医療を駆使して坂本龍馬ら幕末の志士と関わっていく。人間の生命の尊厳を問う骨太なドラマが幅広い読者層から支持され、連載終了後の2011年には第15回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。またTBS系列「日曜劇場」枠で実写ドラマ化され、大沢たかお、中谷美紀、綾瀬はるからが出演して話題となった。第一期は2009年10月11日から12月20日にかけて、完結編は2011年4月17日から6月26日にかけて各11回ずつで放映され、とくに第一期は日本民間放送連盟賞のテレビドラマ部門最優秀賞をはじめとする数々の賞を受賞している。さらに2020年4月から5月にかけての週末には、『JIN-仁- レジェンド』と題して第一期と完結編の再編集特別版が放映され、江戸の町で伝染病の“コロリ”(コレラ)と格闘する様は、放映当時のコロナ禍の状況とマッチし、多くの視聴者の共感を得たのは記憶に新しいところだ。
 現在、集英社「グランドジャンプ」で連載中(2018年15号〜)の『侠医冬馬』【10】(共同作画:かわのいちろう)は、松前藩士の松崎冬馬が大坂(現在の大阪)で世界初の麻酔手術を成功させた当時最先端の医術・華岡流を学ぶ幕末医療漫画だ。福沢諭吉など、幕末から明治にかけての要人が物語冒頭から登場する時代劇でありながら、蝦夷まで出向いてアイヌの人々を天然痘から救おうとするエピソードのように、コロナ禍の時代を反映した現代性のある物語を描いている。
 このように村上は、さまざまなジャンルを開拓してきたパイオニアであり、数奇な運命や歴史の波に翻弄されながらも逆境にあってなお輝く魂の物語を紡ぎ続け、そのキャリアを通じて一貫して「どう生きるか」を描いてきた作家なのである。

プロフィール

加山竜司(かやま りゅうじ)
フリーライター。「文春オンライン」(文藝春秋)や「Yahoo!ニュース」などの媒体で、漫画をはじめとするエンターテインメント系の記事を多数執筆。「このマンガがすごい!」(宝島社)などで漫画家へのインタビューを数多く担当。編著作に『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』(文藝春秋)。

登場する人物名等の解説

【1】石神井公園ふるさと文化館
練馬区の歴史や伝統文化、自然などについて体験しながら学べる施設。観光情報も発信している。2014年には石神井松の風文化公園内に分室もオープンした。
公式サイト:https://www.neribun.or.jp/furusato.html
【2】村上もとか(むらかみ もとか)
漫画家。1951年、東京都世田谷区生まれ。少年時代から絵や漫画に興味を持ち、高校時代に手塚治虫が創刊した漫画雑誌『COM』の影響を受け、本格的に漫画家を目指すようになる。21歳で『燃えて走れ!』でデビュー。その後はカーレースの『赤いペガサス』(77-79)、クライミングの『岳人列伝』(80-82)、剣道の『六三四の剣』(81-85)、ボクシングの『ヘヴィ』(89-90)、日中近代史の『龍-RON-』(91-06)、幕末医療の『JIN-仁-』(00-10)、歌舞伎の『蠢太郎』(08-11)、少女マンガ史の『フイチン再見!』(13-17)等々、さまざまなジャンルの作品を描き、手塚治虫文化賞ほか多数受賞するなど、実力派マンガ家として活躍し続けている。2022年にデビュー50周年を迎えた。
2023年4月、石神井公園ふるさと文化館の館長に就任。
【3】『燃えて走れ!』
村上もとか氏のデビュー作。集英社「週刊少年ジャンプ」にて1972年40号~49号まで連載された。原作は岩崎呉夫氏。伝説的なレーサー・浮谷東次郎氏を主人公とした物語。
【4】『六三四の剣』
村上もとかによる剣道漫画。小学館「週刊少年サンデー」にて1981年17号〜1985年41号まで連載。剣道一家に生まれた主人公・夏木六三四(むさし)が、父の死を乗り越え、剣道のライバルたちと切磋琢磨して成長していく姿が描かれる。
第29回小学館漫画賞(1984年度)少年部門を受賞。
TVアニメ化もされ、1985〜86年に全49話を放送。続編『六三四の剣 青春編』(86)全23話も放送された。
本作に影響を受けて剣道をはじめる少年が全国で続出し、剣道ブームを巻き起こした。
【5】『岳人列伝(クライマーれつでん)』
村上もとか作の登山を題材にした漫画。1980年から小学館「少年ビッグコミック」で不定期に連載。
エベレストやK2、モンブランなどを舞台に、登山を通した人々のドラマを描いたオムニバス形式の短編連作。
第6回講談社漫画賞(1982年度)少年漫画部門を受賞。
【6】『神々の山嶺(かみがみのいただき)』
原作・夢枕獏、作画・谷口ジローによる漫画。集英社「ビジネスジャンプ」にて2000~03年に連載。
実在の登山家ジョージ・マロリーのエベレスト登頂の謎を絡めながら、登山家・羽生丈二のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑む姿が描かれる。
2001年に第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門・優秀賞を受賞。
2021年に、フランスの制作で『Le Sommet des Dieux』のタイトルで劇場アニメ化。日本では2022年に『神々の山嶺』のタイトルで劇場公開された。
【7】『岳』
石塚真一作の山岳救助を題材にした漫画。小学館「ビッグコミックオリジナル」「ビッグコミックオリジナル増刊」にて2003~12年に連載。
北アルプスで山岳救助ボランティアとして活動する登山家・島崎三歩と、山に訪れる人々の交流を描く。
マンガ大賞2008、第54回小学館漫画賞(2008年度)一般向け部門、第16回文化庁メディア芸術祭(2013年)マンガ部門優秀賞を受賞。
2011年には『岳 -ガク-』のタイトルで実写映画が公開された。
【8】『龍 -RON-』
村上もとかによる歴史漫画。小学館「ビッグコミックオリジナル」で1991年1号〜2006年11号まで連載。
満州事変から太平洋戦争にいたるまでの十五年戦争期の日本と満州を舞台に、主人公・押小路龍の出生の秘密が実際の史実と絡んでゆく物語が話題をとなった。
第41回小学館漫画賞(1995年度)青年一般部門を受賞。 1995年には全4話でTVドラマ化もされている。
【9】『JIN -仁-』
村上もとかが描く、幕末を舞台にした医療漫画。集英社「スーパージャンプ」にて2000年9号〜2010年24号まで連載。
現代の脳外科医・脳外科医・南方仁が幕末にタイムスリップし、勝海舟や坂本龍馬、当時の医師といった歴史上の人物たちと関わりながら、現代医療を駆使して生命の尊厳を描き出す。その骨太なドラマが幅広い読者層から支持された。
2011年の第15回手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞。
TVドラマ化もされ、第一期は2009年に全11話、完結編は2011年に全11放送され、いずれも大ヒットとなった。
【10】『侠医冬馬』
村上もとかが集英社「グランドジャンプ」にて2018年15号より連載中の幕末医療漫画。かわのいちろうが共同作画を務める。
大坂(現在の大阪)で世界初の麻酔手術を成功させた当時最先端の医術・華岡流を学ぶ松前藩士・松崎冬馬の姿を描く。福沢諭吉など、幕末から明治にかけての要人が物語冒頭から登場する時代劇でありながら、蝦夷まで出向いてアイヌの人々を天然痘から救おうとするエピソードなど、コロナ禍を反映した現代性のある物語が特徴。
ページトップ