INDEX
①練馬とアニメーション
アニメは練馬区を代表する文化産業になっている
練馬区と日本のアニメーションの関係性は古い。
戦前の日本では、いくつかのアニメ製作団体が都内で活動していたものの、技術的、市場的にも、大資本で製作されるディズニーアニメなどのアメリカ製カラー作品に対抗する術は持っていなかった。
ところが戦後になると教育映画の一環として、アニメーションという手法が注目され、また来るべきTV時代に増加していくだろうCM映像にも、アニメ需要の増加が予想されるようになっていく。
そこで練馬区東大泉町に撮影所を持つ映画会社・東映株式会社は、時流を読んでアニメ製作会社の日動映画株式会社を買収。「東洋のディズニー・プロを目指す」との触れ込みで、アニメ作りを本格的な産業へとランクアップさせるべく、製作会社・
東映動画株式会社【1】(現・東映アニメーション株式会社)を創立。東映東京撮影所南側に隣接した地に、3階建てで、当時としては珍しい冷暖房完備の「東映動画スタジオ」を建設したのである。
東映動画の最大のテーマは、アニメを海外に輸出することであったようだ。
最初に制作された日本初の劇場用長編カラーアニメ
『白蛇伝』【2】(1958年)は、それまでの日本のアニメとは一線を画し、画期的な新技術が導入されている。撮影カメラに対して、複数のセル画や背景画を異なる距離で多層に配置し、奥行きのある画面を創り出すことができる、当時の最新技術「マルチ・プレーン・カメラ」。作画の事前に実際の俳優を撮影してアニメートの参考にする「ライブ・アクション」の手法も使用。国際的な配給を意識したオールカラーの大型作品であった。当時の新聞によれば、『白蛇伝』はアメリカ、ブラジル、台湾に、それぞれ5万ドル(当時のレートで1800万円)で「売れた」という。
着実に技術を蓄積する創成期の東映動画と同時期にアニメ制作の夢を追っていたクリエイターがもう一人いた。ディズニーに強く憧れながらも、具体的な手段を持っていなかった人気マンガ家・
手塚治虫【3】である。手塚は1958年に東映動画の嘱託の立場となって劇場用長編映画
『西遊記』【4】(1960年)で構成と監督を担当することでアニメ作りのノウハウを研究し、1961年、自らの手塚プロダクションに動画部を設立。翌1962年には「株式会社虫プロダクション」と改名して、練馬区富士見台にスタジオを作り、短編の実験アニメ映画
『ある街角の物語』【5】(1962年)、日本初の30分枠連続TVアニメ
『鉄腕アトム』【6】(1963年)を制作するのである。大ヒット作『鉄腕アトム』が、日本にTVアニメのブームを巻き起こしたのは周知の通りだ。
そうした東映動画や虫プロダクションが所在する練馬区は、日本のアニメーション発祥の地だったのである。
やがて練馬周辺は、アニメ関連企業が集中する地域として発展し、現在も区内にはアニメーション産業に関わる会社数が100社以上も所在する。アニメは練馬区を代表する文化産業になっているのだ。
②「練馬とアニメーション アニメ製作のいまむかし」展示レポート
展示品の中には文化財級の資料も!

練馬区の歴史や伝統文化を学ぶことができる博物館
「石神井公園ふるさと文化館」【7】では、アニメーション製作にかかわる貴重な制作資料や歴史的な機材を収蔵。アニメ製作の舞台裏をのぞきながら、産業としての文化史を学べるようになっている。
現在、2Fの企画展示室では8月11日(月・祝)まで特別展「練馬とアニメーション アニメ製作のいまむかし」を開催中だ。
この特別展では、当時、実際に使用されていた数々の名作アニメの脚本や絵コンテ、セル画などの貴重な資料に加え、撮影用カメラや特殊効果の演出用小道具などの歴史的な機材類を展示。
そうした資料を通して、作品が完成するまでの過程をたどり、アニメ製作の魅力を多角的に紹介している。
会場は4つのコーナーに区分されている。
「その1 練馬とアニメーション」では、練馬区とアニメ産業のかかわりを紹介する。
2020年のデータでは、日本国内には811社のアニメ制作会社が存在し、その大半は東京都にあるという。そのうち練馬区には103社が所在。客観的なデータや年表から、アニメーションの製作が練馬区の代表的な産業になっていることを俯瞰できる。

「その2 アニメーションはこうして作られた」では、貴重な資料を展示し、アニメ作りの裏側を解説。
展示されているのは、アニメーション制作の工程がわかる、さまざまな中間制作物。いずれも各時代で人気になった作品の、実際に使われた資料である。
作品の骨子となる企画書や脚本などの文字資料。キャラクターを描く見本となる設定画、アニメーションの設計図である絵コンテやレイアウトといった絵作りの基礎資料。キャラの動きを連続して描いた原画や動画、撮影のために動画を透明なトリアセチルセルロースのシートに写しとって着彩したセル画。映像でキャラクターの背景を飾る背景画などが、ずらりと展示されている。中には放送当時、関連絵本やパンフレットなどで使用された、東映では「スチール」と呼ばれるセル画と背景画がセットになったといった珍しい資料も。
資料が展示されている作品は『白蛇伝』(1958年)、
『一休さん』【8】(1975年)、
『大空魔竜ガイキング』【9】(1976年)、
『円卓の騎士 燃えろアーサー』【10】(1979年)、劇場版
『銀河鉄道999』【11】(1979年)、
『とんがり帽子のメモル』【12】(1984年)、
『メイプルタウン物語』【12】(1986年)、
『マシュランボー』【14】(2000年)を始め、各時代の子どもたちを魅了した名作ばかりだ。
特筆すべきは、展示品の中に文化財級の資料もあることだろう。
「壮絶なギャンブル。それが映画の魔性」

すでに世界的にアニメ業界では作品制作がデジタルに移行し、手作業で作るセル画が使われなくなって久しい。本コーナーでは、東映動画が初製作したTVアニメ
『狼少年ケン』【15】(1963年)で使用した中間製作物を展示。アニメーターが手書きで描いた動画や、トレス担当者がペンとインクを使い手作業で輪郭を写し、彩色担当者が手塗りで色を塗って作成したセル画も展示。このトレス線の丁寧さ、美しさは、まさに美術品的でさえある。60年代終盤からは日本のアニメ業界にもトレスマシンが導入され、セル画はアニメーターが描いた動画を機械で複写するようになる(『狼少年ケン』第1話でも実験的に一部分にマシンによるトレスが導入された)。職人のようなトレス担当者が、手作業でセル画を製作していた期間は数年。現在、わずかに残されているセル画の現物は、歴史的価値があるのだ。
また、セル画の彩色は裏側から行っていたが、『狼少年ケン』の展示ではセル画裏面も見られるようになっているのが面白い。

また1960年代に使われていた作画や撮影の道具類展示のコーナーには、アニメの歴史を作ってきたアイテムがズラリと並んでいる。実際に使われていた作画机やムービー撮影用の「35㎜カメラ」は、セル画をフィルムで撮影していた時代の東映動画スタジオで活躍していた「お宝」だ。
このコーナーには、当時の製作スタジオを写した貴重なスナップ写真もパネルで展示されている。被写体の中には、後の大物映画監督の若いころの姿も……。
ほかに珍しい展示では、『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』の「未彩色のセル画」がある。
通常、キャラクターの輪郭線をトレスしたセル画は彩色されて撮影に回される。そうでなければ、セル画に何かの不備があるわけだから、人の目に触れることなく廃棄されるはずなのだ。この展示のような製作途中の「未完成のセル画」が残されているのは稀なケースである。なぜこの状態で保存されていたかの理由は、今となっては不明ということらしい。
デジタル時代のアニメ作り
「その3 今のアニメはこうして作られる」では、デジタル製作の時代に突入している現在のアニメ作りを解説。CGアニメーションとして製作されたTVアニメ
『ガールズバンドクライ』【16】(2024年)を例に、日本のアニメの進化を見ることができる。
最初の「企画立案」から、最終作業の「録音・編集」「撮影」まで、コンピュータが導入された最新の製作工程と手作業だったアニメ創成期は、何が変わって、何が変わっていないのか。今後、生成AIの導入も予測されるアニメ産業で、作品が、どんな方向に進んでいくかを模索する様子は興味深い。

最後のコーナー「その4 東映アニメーション作品紹介」では、本展の展示資料の大半を製作した、東映アニメーションの作品を紹介。現在放映されている新作の映像展示もあるので、本展では最初の『白蛇伝』からの歴史をたどることができる。
戦後のアニメの歴史を眺めながら、同時にアニメ製作の過程を楽しく理解できる本展は、世代ごとの推しアニメ作品に出会える楽しいイベントでもある。自分の記憶を思い起こしながら、展示を眺めるのも一興だろう。
また、同じふるさと文化館2Fには、巨大な「マルチ・プレーン・カメラ」が常設展示されている。これは冒頭にも記したフィルム時代のアニメ用撮影システムで、こちらもなかなか見る機会が少ない歴史的に貴重な機材なので、ぜひお見逃しなく。
特別展「練馬とアニメーション アニメ製作のいまむかし」

開催期間:6月21日(土)~ 8月11日(月・祝) 9:00~18:00
休館日:月曜 ただし7月21日(月・祝)、8月11日(月・祝)は開館。7月22日(火)は休館。
入館料:無料
会場:石神井公園ふるさと文化館 2階 企画展示室
(練馬区石神井町5丁目12番16号)
関連URL:
https://www.neribun.or.jp/event/detail_f.cgi?id=202503161742103242
イベント
□映画『白蛇伝』の上映会
日程:7月27日(日)
時間:10:00~ 13:00~ 15:00~ 計3回上映(各回80分程度)
定員:90名(各回先着順)
参加費:無料
※申し込み不要、入退場自由、当日会場にお越しください
□展示解説会
講師:当館学芸員
日時:7月30日(水) 8月3日(日)
参加費:無料
各回14:00~30分程度です。
※申し込み不要、当日会場にお越しください
イベント内容は状況により変更になる場合がある。詳細はホームページを確認のこと。