加山竜司
フリーライター
“漫画の神様”
手塚治虫【1】の影響力は、没後34年を経た2023年現在においても、漫画やアニメーションの分野にとどまらず、映画、テレビ、ゲームなどの映像作品全般に及んでいる。つねに新しいアイデアとスタイルを追求した手塚作品の独自性、創造性、多様性、キャラクターデザイン、ストーリーテリングなどの要素は、多くの映像作家にとって示唆に富んだものとなっており、後世の作家に多大な影響を及ぼした。その影響力の源泉といえるのが、観た者の脳裏に映像を呼び起こす「映像喚起力」であろう。
この「映像喚起力」を端的に示すのが、
藤子不二雄Ⓐ【2】の証言である。手塚治虫の単行本デビュー作である赤本版
『新寳島』【3】(原作:酒井七馬、育英出版)を幼少時に手にした藤子不二雄Ⓐは、後年、そのときに受けた衝撃を「これは確かに紙に印刷された止った漫画なのに、この車はすごいスピードで走っているじゃないか。まるで映画を観ているみたい!!」(藤子不二雄『二人で少年漫画ばかり描いてきた』文藝春秋)と述懐している。さながら絵コンテから映像的インスピレーションを得たような感想といえるだろう。
手塚治虫自身、もともと
ウォルト・ディズニー【4】から強い影響を受けており、とりわけ
『バンビ』【5】(1942年公開、日本公開は1951年)は劇場公開時には80回以上、その後のリバイバル上映を含めると「総計百三十回以上は見たことになる」(講談社『手塚治虫漫画全集第387巻 手塚治虫エッセイ集2』収録「わがアニメ狂いの記」より)と記しており、そうした作家的ルーツが手塚の「映像喚起力」を育んだものと考えられる。アニメ志向の強い手塚は、1961年に練馬区富士見台に
虫プロダクション【6】(創設当時は手塚治虫プロダクション動画部)を設立し、みずからアニメーション制作にも着手。代表作
『鉄腕アトム』【7】は日本初のTVアニメシリーズとなり、現在まで続く30分アニメのフォーマットの礎を築いた。
手塚の「映像喚起力」に触発された作家/作品の例としては、1978年に劇場公開された
映画『火の鳥』【8】を挙げたい。
『ビルマの竪琴』【9】や
『野火』【10】などで世界的な評価を得た
市川崑監督【11】による映像作品で、脚本は詩人の
谷川俊太郎【12】が担当。実写にアニメーションを合成した意欲作であった。手塚後期の代表作
『ブラック・ジャック』【13】もたびたび映像化されており、1977年の
大林宣彦監督【14】による実写映画
『瞳の中の訪問者』【15】では
宍戸錠【16】、1981年のテレビ朝日での連続テレビドラマ版では
加山雄三【17】、2000年のTBSドラマ版では
本木雅弘【18】と、錚々たる役者たちが主人公ブラック・ジャック役を演じた。『ブラック・ジャック』はアニメ化もされており、
出﨑統監督【19】による
OVA(1993年)と劇場版(1996年)【20】、手塚治虫長男の
手塚眞監督【21】による
TVシリーズ版(2004〜2006年)【22】などが有名だ。
近年の例としては、
浦沢直樹【23】『PLUTO』【24】が挙げられる。本作は『鉄腕アトム』中の1エピソード「地上最大のロボット」(光文社「少年」1964年6月号〜1965年1月号掲載)を原案とする漫画作品であり、2003年に「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載が開始された。連載開始直後から大きな話題となり、2005年には朝日新聞社が主催する
手塚治虫文化賞【25】でマンガ大賞を受賞。2000年代を代表する作品となり、2023年10月26日からはNetflixでアニメシリーズの配信が開始した。さらには
『火の鳥』の「望郷編」【26】をベースにしたアニメ
『PHOENIX:EDEN17(邦題:火の鳥 エデンの宙)』【27】が2023年9月13日よりディズニープラスで配信され、同作とはエンディングが異なる
映画版『火の鳥 エデンの花』【28】が11月3日から劇場公開。どちらも手塚作品に新しい息吹を吹き込んでいる。
手塚治虫の影響は、いまなお色褪せることがなく映像作家たちを刺激し続けている。“漫画の神様”は、映像分野においてもパイオニアなのである。