—— 西武池袋線の大泉学園駅にあるスポット「大泉アニメゲート」【1】に、『うる星やつら』【2】の「ラムちゃん」【3】の像が設置されていますが、ご存知でしょうか?
平野:もちろんです。除幕式に高橋留美子先生【4】がいらしたのも写真や記事などで見ましたし、ラムちゃんにも会いに行きました。
いつだったか冬にラムちゃんの像にマフラーが巻いてあるのがTwitterで話題になっていて、その写真をファンの方が送ってくださったんです。「ああ、ラムちゃん愛されてるなぁ」と、それも嬉しかったですね。
それともう一つ、出来上がってほどなくして留美子先生にお目にかかる機会があったんです。
「ブロンズ像ができておめでとうございます」とお話したら、先生が「あのね、ラムちゃんは、あしたのジョー【5】の隣なの!」と、ものすごく嬉しそうにお話くださるんですよ(笑)。
その「隣なの!」とおっしゃったときの留美子先生が、ニッコニコしてものすごく可愛くて。あんな嬉しそうな留美子先生を見るのは初めてで、ビックリでした。「留美子先生は、ちばてつや先生【6】の『あしたのジョー』も大好きなんだな」と(笑)。
—— 練馬区とは他にも何かご縁や思い出などありますか?
平野:私は生まれも育ちも西荻窪で、大きくくると隣町ですね。ローカルな話になりますけど、西荻窪のバスターミナルに「大泉学園駅行き」と「上石神井駅行き」のバスがあって、うちの母と買い物に出かけると「大泉学園駅行きに乗ると上石神井にも寄るのよ。だから大泉学園駅行きのバスの方が遠いのよ」と話してくれていました。だから大泉学園は、幼稚園の頃からすごく記憶にあるんですよ。
高校は、練馬区と杉並区と中野区の中学生が受けられる第3学区の都立高校に入ったので、練馬区在住の同級生が何人かいました。今でも実家の近くに所帯を構えている人もいるので、「練馬」とか「大泉」というのは、私の中に入っています。
—— 高橋留美子先生の作品のことをお伺いします。『うる星やつら』のラムを長く演じている中で、原作の魅力はどんなところにあると感られますか?
平野:留美子先生の作品全般に言えると思うんですけれど、品位があるんですよ。
「声は全てを看破する」という言葉がありますが、ペンでの作品も、作者の人柄とか、個性とか、そういうのがきっと全て出ていると思います。
高橋留美子先生の作品は、品位というこの大きな風船の中でいろんなキャラクターが暴れている感じがします。
ハチャメチャで、無茶苦茶で、家が爆発しちゃったりもしますけど、どの作品を読んでも、「やりすぎだな」とか「嫌だな」とかって感じは無いんですよ。
「うわー!家が燃えちゃってすごい!」けど、その後でクスクスっとちゃんと笑いがあるとか、落としどころがあって。それは何故といえば、品位があるからだと思うんです。そこが魅力ですよね。
—— 『高橋留美子劇場』の『専務の犬』【7】のカンナ、『境界のRINNE』【8】ではヒロイン・真宮桜の母を演じられていますが、高橋作品らしさや、好きだと感じられたところはありますか?
平野:やっぱり最後、ホロッとする、クスッとするところですね。
『専務の犬』でも、犬を預かりたくないと思ってたお母さんが、最終的には一番その犬になついちゃって、ちょっと「フフっ」てなるとか。
そういうオチで、「えっ!」とか、「ズルッ」とか、「くくっ」ていうのもあるし、そういうところが留美子先生らしいと思います。
『境界のRINNE』では、どんなママにしようかなと思っていた矢先にデザイン画を見たら、(『うる星やつら』のラムちゃんと同じく)髪の毛が緑色で、黄色と黒の横縞のエプロンなんですよ(笑)。スタッフが楽しく遊んでるのなら、それに応えてみようと思いました。
私がいただく仕事には、いつもラムちゃんがかすめているようで、それを私の方でも楽しませてもらっています。留美子先生の作品だと、そういう遊べる余裕みたいなところがありますね。
絵を作る方たちと一緒に、いい意味で競争するというか、こういう仕草をしてみたら、次はどんな絵を描いてくれるかしらとか。そういう楽しみがあるのも、「るーみっくわーるど」【9】だなと思います。それがやっぱり幸せですね。
—— 高橋留美子先生と直接結構コミュニケーションを取られる機会はあるのでしょうか?
平野:仕事場以外では会わないようにしている。というと語弊があるのですが、ちょっと緊張していたいというか、一線を超えないで、いつまでも私の「留美子先生」でいてほしいというところがありますね。
お目にかかるとすごく優しく包み込んでくれるんです。手を繋いでお話したり。先ほどのアニメゲートの「ラムちゃん」の話も、そういう時に話してくださいました。
—— 現在、再アニメ化された『うる星やつら』が放送中です。今回はあたる役を神谷浩史さん【10】、ラム役を上坂すみれさん【11】、平野文さんがラムの母親役、あたるを演じていた古川登志夫さん【12】があたるの父役で参加されています。新キャストでの再アニメ化を、どのように感じられましたか?
平野:事務所で再アニメ化の話を聞いて、「あらそうなの?楽しみだわ!」っていうのが確か第一声でした。そのあとで「新キャストでやります。実は文さんにラムのお母さん役をやっていただきたいんです」と言われたので、「古川さんは?」と聞いたら、「古川さんは、あたるのお父さんなんです」ということでしたので、「それなら嬉しいです」とお答えしました。
やっぱり「ダーリン」ですからね。いつも一緒だったかけがえのないお相手ですから。
「古川さんと2人で関われるんだったら、ありがたくお受けします」とお返事しました。
留美子先生も納得されていて、古川さんも一緒だったらもう喜んでと。
ただ、私の中で非常に大変だったことは、約1年間、誰にも話せなかったことです。
2022年の元旦に『うる星やつら』リメイクのニュースが流れて、2022年の10月から始まると発表されたのですが、実は私と古川さんは情報公開より前、21年の10月頃に聞いていたんです。そこで口外禁止令が出てしまいましたから、大変な1年間でした。
人に聞かれても話せないし、それが一番つらかったですね。
「あたるの父とラムのママは、古川登志夫さんと平野文さんです」と発表された時の、「本当に肩の荷が下りた、これで何でも言える」という開放感はよく覚えてます(笑)。
—— ラムのママは、日本語で喋らないですよね
平野:そうなんですよ。台本をいただいたときびっくりして。
最初の絡みが、戸田恵子ちゃん【13】のあたるのお母さんなんです。そちらのセリフは日本語でちゃんと書いてあるんですけれど、私のは何語かもわからないセリフが全部ひらがなで書いてあって、後ろに(ラムがいつもお世話になっております)と、括弧で書いてあるんです。どれが「ラム」で「お世話」がどれっていう、規則性がないような難解な、何語とも言えない鬼族語が、台本として3ページくらい書いてあって。もうなんかすごく大変でした。
例えば、「当たり前でしょ」という言葉が、「らへぅれだぷこよ」になるんです。それで、「当たり前でしょ」の語尾の「でしょ」のイントネーションと「ぷこよ」を近づけて、なるべく何かの言葉みたいに聞こえるような、そういう努力をしてみました。テストと本番で2回ぐらいしか録らなかったけど(笑)。
「鬼族語は規則性もなくて、本当に難しいひらがなの羅列でしたね」と話したら、スタッフの方が「実はこれ規則性があるんです」と言うんです。「なになになに??」となったのですが、私が出演した10話の放送後に、公式Twitterで「鬼族語換字表」が公開されたんです。
伺ったところ、ヨーロッパ企画という劇団の上田誠さん【14】が、五十音を全部ラムちゃんのラブレターみたいにして作成されたそうなんです。
あいうえお順で、「らむとだありん おにごっこ びじょへめくばせ ぺなるてい ほぼまじぎれ やべえぞどげざ ぐぅのねもでぬ」。これで濁音もダブりがなく、全部作られているんです。
ファンの皆様の間では、この変換表を使って鬼族語で喋る人もいると聞いたこともあります。
上田さんは今まで書いた脚本よりも難しかったとおっしゃっていました(笑)。でも、「子どもの頃に『うる星やつら』を観ていたので、この仕事はすごくやりがいがあって、苦しかったけど楽しかった」って言ってくださっていて。
今の制作スタッフの方たちも、隅から隅まで全員が『うる星やつら』のファンで構成されていると伺いました。
だから細部に至るまで、ラムちゃんの髪の毛の色や、サブタイトルのロゴや、タイトルバックなど、皆さんが好きで好きでしょうがなかったものが表現できて、その結果がこんなになっちゃったみたいな(笑)。
そういう楽しみが、今回はすごく感じられますね。
—— 今までご自分が演じられていた「ラム」の「お母さん」役ですが、どんなお気持ちで演じてらっしゃるのでしょうか?か
平野:鬼族語のセリフが大変だった参観日の話で、ラムちゃんとママの2ショットがあるんですけど、そのときの友引高校の生徒の「あの人がラムちゃんの母ちゃんか、親子そろって美人だなあ」というセリフがあるんです。
それを読んだときに、「これは責任重大だな」と。姿はものすごくかわいらしいママなので、「声の方もちゃんとしなきゃな」と、二重の責任が生まれましたね(笑)。
—— 今後注目してほしいポイントは?
平野:私がラムちゃんをやっていたアニメーションの時は、原作とアニメを比べて「何が変わっていた」とか「ここを面白く膨らませてた」というような2倍の楽しみ方がありましたけど、今度の新作の場合は原作も読めて、私達がやっていたアニメも観られて、3倍以上の楽しみに増えていると思います。
絵も、ものすごく綺麗になってますし、思いがけないところで隠れたキャラクターがいたり、制作者の方が面白く作ってくれています。
私は新作のタイトルバック(第1クールOP)で、留美子先生の描いたラムちゃんの絵がアニメーションになっているのが楽しくて。
皆さんそれぞれ、楽しみを見つけてほしいなと思います。
—— 今後の活動や、今後してみたいことなどありましたらお聞かせください。
平野:声優業としてナレーション、ラジオ、アニメーションなどをやらせていただいていて思うのは、「声は全てを看破する」ということです。
この年代だからできる役であるとか、この年代だからお話できることとか、そういうのを一つ一つを積み重ねていければと思っています。
留美子先生が私のお手本なんです。留美子先生だったらどうするのかな?と考えながら、喋ることに関しても綺麗な日本語を使って、品位のある暮らしを続けていけば、そんな役もいただけるかなと考えています。
—— 最後に今回の感想を含めて、ご挨拶をいただけないでしょうか?
平野:練馬区は私の大好きな留美子先生が長年活躍されている場所で、他へ移られないのはそれなりの理由があると思うんです。
そこは皆様一番よくおわかりだと思いますので、留美子先生がいらっしゃる限り、私も練馬をすごく身近に感じます。
これからも、映像文化が広がる街を意識して、微力ながらも私もそこに携われるように努力をしていきたいなと思います。
どうもありがとうございました。