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練馬城と里見八犬伝

上川畑博
フリーライター

祝・練馬城址公園開園!!
 令和5年5月1日、としまえん跡地【1】に新規開園した、練馬城址公園【2】。これまで知る人ぞ知る城であったが、実はこの練馬城、曲亭馬琴【3】の傑作小説『南総里見八犬伝』【4】ともかかわりのある城なのをご存じだろうか。
『南総里見八犬伝』といえば、日本を代表する古典ファンタジーのスタンダード中のスタンダードであり、映像化作品も非常に多く、翻案作品までくわえると相当数にのぼる。記憶に新しいのは、2006年にTBS系列で放送された滝沢秀明【5】主演のドラマ『里見八犬伝』【6】だろうか。また1983年に劇場公開された角川映画『里見八犬伝』【7】は、翻案作品ながら「八犬伝」の名を広く世に知らしめた作品といえるだろう。
そこでこのコラムでは、そんな名作と練馬城の関係を紐解いていきたい。
『南総里見八犬伝』の重要人物・犬山道節
まずは『南総里見八犬伝』のあらすじから。
室町時代中期、安房国(千葉県南部)の武将・里見義実の娘の伏姫は、父が処刑した女性・玉梓の呪いにより自死を余儀なくされる。そのとき、伏姫の身体から八つの珠が飛び出し、天空へと散っていった。
物語は、その八つの珠を受け継いだ「八犬士」の列伝へと進んでいく。犬塚信乃(孝)・犬川荘助(義)・犬山道節(忠)・犬飼現八(信)・犬田小文吾(悌)・犬江親兵衛(仁)・犬坂毛野(智)・犬村大角(礼)の8人である。
彼らは、珠を持つ仲間を探すことが自分たちの宿命と悟り、それぞれの敵と対峙しながら旅を続けていく。やがて彼らはめぐり逢い、里見の敵であり全員共通の敵となる関東管領・扇谷定正(おうぎがやつ さだまさ)らと戦いを繰り広げる。

その八犬士のうち、忠の珠をもつ犬山道節【8】という人物は、武蔵国豊島郡に生まれ、その父・道策は煉馬(ねりま)家という武家に仕えていた。
つまりこの犬山道節こそが、練馬城とかかわりが深い人物なのだ。
室町時代中期の関東情勢と練馬城
続いて史実の関東情勢(室町時代)を確認していこう。
武蔵国豊島郡というのは、現在でいう東京23区から足立区や葛飾区など東部地域を除いた区域にあたり、現在の練馬区もその一部であった。この時代の豊島郡東部(いわゆる旧江戸城とその周辺)は、扇谷上杉氏【9】の重臣で名将として知られる太田道灌【10】が取り仕切っており、大きな勢力を誇っていた。
また豊島郡の西方一帯には、豊島氏という平氏(秩父平氏)の流れをくむ武家が君臨していた。その豊島氏の本拠地が石神井城【11】であり、これを守るための支城のひとつが練馬城であった。この練馬城があった場所というのが、長らく「としまえん」として愛されてきたあの丘陵地である。

室町時代の関東には、鎌倉公方(のち古河公方)【12】とよばれる将軍代行が君臨していたが、本家である京都の将軍と長きにわたり対立していた。京都の室町幕府は、その争いで優位に立つべく、鎌倉公方の補佐役であるはずの関東管領【13】に力添えするようになっていた。早い話が敵の家臣をそそのかしたわけだ。
こうした事情により、ときの古河公方・足利成氏【14】は、家臣筋の関東管領と泥沼の抗争を繰り広げることとなる。いわゆる享徳の乱(1455~83年)である。その関東管領というのが山内上杉氏【15】で、山内上杉氏の分家が扇谷上杉氏であり、当時の当主が扇谷(上杉)定正【16】であった。
さらにややこしいことに、山内上杉氏の第一の家臣であるはずの長尾景春【17】という実力者が、古河公方の援助を得て両上杉氏と敵対した。長尾景春の乱(1476年)の勃発である。

この乱の際、石神井城主の豊島勘解由左衛門尉(かげゆざえもんのじょう)【18】と、その弟で練馬城主の豊島平右衛門尉(へいえもんのじょう)【19】が、景春に同調して挙兵する。これを鎮圧するべく江戸の太田道灌(扇谷上杉氏の家臣)が出動、両者は江古田の地で激突する(江古田原・沼袋の戦い【20】)。練馬城の平右衛門尉はこの戦いで討死し、兄の勘解由左衛門尉は逃走して行方不明となった。
この戦いで石神井城は太田道灌の手に落ち、練馬城は城主の死去によって廃城とされたとも、道灌により攻め落とされたともいう。
道節の設定と史実の深い関係
さて、この練馬城主の豊島氏(分家)というのは、文献によっては練馬氏とも称される。『里見八犬伝』の作中に登場する「煉馬」氏は、練馬の異字(またはもじり)である。
作中で、犬山道節の父・道策は、主家の煉馬氏が扇谷定正に攻められた際、討死してしまう(原作では「池袋での戦い」の結果となっている)。そして道節は、煉馬氏ならびに父の仇として、扇谷定正を長きにわたってつけ狙うこととなる。
つまり犬山道節の列伝は、あきらかに長尾景春の乱とその結果をモチーフとしているのだ。
ただ上記のように、史実的には豊島兄弟の直接の仇は太田道灌であり、扇谷(上杉)定正は関東管領家の分家であって「関東管領」ではないが、八犬伝ではその役割が扇谷定正に集約されている。
ともあれ、練馬城が『里見八犬伝』と深いかかわりがあることに変わりはない。「犬山道節は練馬出身」と覚えておくだけでも、作品に対するイメージはかわってくることだろう。
いま観られる「里見八犬伝」
ここで、現在でも観ることができる『里見八犬伝』の映像化作品を紹介していこう。

◎『里見八犬伝』(DVD・bru-ray/KADOKAWA)※1983年劇場公開
 深作欣二監督【21】薬師丸ひろ子【22】主演の娯楽大作。原作は鎌田敏夫【23】『新・里見八犬伝』【24】。犬山道節を千葉真一【25】が演じている。

◎『里見八犬伝』(DVD/ビクターエンターテインメント) ※2006年TBS系で放送
TBSテレビ開局50周年記念特別企画として放送されたテレビドラマ(前編・後編)。主役の犬塚信乃を滝沢秀明、犬山道節を小澤征悦【26】が演じている。

『THE 八犬伝&THE 八犬伝 ~新章~』【27】(DVD/ジェネオン・ユニバーサル) ※オリジナルは1990年にOVAとして発売
 アニメーション作品。『THE 八犬伝』は全6話、続編にあたる『THE 八犬伝 ~新章~』は全7話で構成されている。犬山道節役は山寺宏一【28】が担当。

◎『NHK人形劇クロニクルシリーズVol.4 辻村ジュサブローの世界~新八犬伝~』(DVD〈1話、20話、最終話収録〉/アミューズ・ビデオ) ※1973~75年にNHKで放送
 NHKで放送された人形劇『新八犬伝【29】』。75年には『新八犬伝 芳流閣の決斗』という劇場版も公開されている。犬山道節の声は川久保潔【30】が担当。
練馬城址公園に行ってみよう!
 最後に、練馬城そのものをもう少し掘り下げてみたい。
 城地は旧としまえん一帯の丘陵地で、東西に走る石神井川に突き出た舌状台地を利用した縄張り(城の設計)となっている。丘の上を削って主郭(いわゆる本丸)とし、土塁で取り囲んでいたとされ、南北は空堀で仕切られていた。南方の練馬区立向山庭園にある池が、当時の空堀の跡という。本来は居館としてのみ利用されていたものを、戦乱の激化を受けて城砦化したのではないか、などといわれている。
 現在は、上記の空堀跡などわずかな痕跡を残すのみだが、関東の重要な出来事の舞台となり、傑作小説のキャラクターとかかわりの深い城でもある。室町時代当時に思いをはせながら、新設された練馬城址公園を散策してみるのも一興だろう

登場する人物名等の解説

【1】としまえん跡地
練馬区向山に、1926年より戦時中の一時期を除き94年間営業していた遊園地「としまえん」(1980年に「豊島園」から改名)があった。東京都による防災公園の事業化を受け、2020年8月に閉園した。跡地には2023年5月に「練馬城址公園」が一部開園。6月には「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 – メイキング・オブ・ハリー・ポッター」がグランドオープンした。
【2】練馬城址公園
東京都練馬区春日町および向山のとしまえん跡地に、2023年5月に一部開園された都立公園。園内には「練馬城」の土塁がある。
【3】曲亭馬琴(きょくてい ばきん)
江戸時代後期の読本作者。代表作に『高尾船字文』『椿説弓張月』『三七全伝南柯夢』など。
『南総里見八犬伝』は、1814〈文化11〉年から1842〈天保13年〉までの28年間を掛けて執筆された。1839〈天保10〉年、73歳の時に失明したのちは、長男 宗伯の妻・お路が口述筆記を行い、最終巻が1842〈天保13〉年正月に刊行された。
そののちも『傾城水滸伝』や『近世説美少年録』を発表し人気を博すが、未完のまま1848〈嘉永元〉年に82歳で死去。
【4】南総里見八犬伝(なんそう さとみ はっけんでん)
曲亭馬琴(滝沢馬琴)が、江戸時代後期に著した傑作長編伝奇小説。全98巻、106冊が28年間かけて刊行された。
室町時代中期の安房国(千葉県南端部)と関東一円を舞台に、運命に導かれ巡り合い共に力を合わせて戦うようになっていく8人の若剣士たち=八犬士(はちけんし)を中心に展開する壮大な物語。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字が浮かび出す8つの珠と、身体のどこかにある「牡丹の花」のような痣が、運命の8人を結びつけていく。
人気作品となり、刊行中から歌舞伎の演目となったり、翻案作品なども生み出した。
映像化作品も非常に多く、1913年には前年に成立したばかりの日活が映画『八犬伝』(監督:牧野省三、主演:尾上松之助)を公開して以降、幾度となく映画化、TVドラマ化されている。中でも1973年4月から2年間、月曜から金曜まで毎日15分ずつNHKで放送された人形劇『新八犬伝』は当時の子供たちに絶大な影響を与えた。
本作のモチーフを活かした作品も多く、代表的なところでは『ドラゴンボール』の「珠」を集める要素に『八犬伝』のイメージを読み取ることができる。
またNHKの連続テレビ小説『らんまん』(2023年度前期放送)では、ヒロイン寿恵子が『八犬伝』オタクであるという設定が印象的に描かれている。
【5】滝沢秀明(たきざわ ひであき)
元タレント・歌手・俳優。1995年に13歳でジャニーズ入り。同年10月にはTVドラマ『木曜の怪談』内『怪奇倶楽部』初主演。2002年には「タッキー&翼」でグループデビュー。2005年にはNHK大河ドラマ『義経』の源義経役に当時最年少で抜擢された。2019年タレントを引退。現在は音楽プロデューサー、演出家、実業家として活躍している。
2006年のTVドラマ『里見八犬伝』では、八犬士の一人・犬塚信乃を演じた。
【6】『里見八犬伝』(TVドラマ)
2006年1月2日に前編、1月3日に後編が放送されたTVドラマ。滝沢秀明主演で、TBS開局50周年記念スペシャルドラマとして制作された。
原作:曲亭馬琴『南総里見八犬伝』/演出:土井裕泰/脚本:大森美香/出演:滝沢秀明、佐藤隆太、小澤征悦、押尾学、照英、山田優、勝地涼、山下翔央 ほか
【7】『里見八犬伝』(映画)
1983年12月に公開された映画。深作欣二監督、薬師丸ひろ子主演の娯楽大作。1984年の配給収入は23億2000万円で邦画1位を記録。映画公開と同時にビデオも発売され、最終的に5万本・7億円を売り上げた。
原作:鎌田敏夫 『新・里見八犬伝』/監督:深作欣二/脚本:鎌田敏夫、深作欣二/出演:薬師丸ひろ子、真田広之、松坂慶子、千葉真一 ほか
【8】犬山道節(いぬやま どうせつ)
『南総里見八犬伝』の主役・八犬士のひとり。犬山道節忠与(いぬやま どうせつ ただとも)。「忠」の珠を持ち、左肩に牡丹の痣がある。火遁の術を操る寂寞道人肩柳(じゃくまくどうじんけんりゅう)として物語に初登場する。父は煉馬倍盛(ねりま ますもり)の家老・犬山道策貞与(いぬやま どうさく さだとも)で、池袋の戦いで巨田道灌軍に敗死する。道節は、父の仇として巨田道灌の主人・関東管領扇谷定正を討ち果たさんと狙っている。 プロフィールから類推すれば、八犬士・犬山道節は「練馬生まれ」だったのかも知れない。
【9】扇谷上杉氏(おうぎがやつ うえすぎし)
鎌倉公方に仕えた関東管領・上杉氏の分家のひとつ。鎌倉の扇谷に居住したことから扇谷家と称された。
【10】太田道灌(おおた どうかん)
室町時代中期の武将で扇谷上杉氏の重臣。享徳の乱、長尾景春の乱で活躍し、名将として知られる。江戸城を築城したことでも有名。
『南総里見八犬伝』では関東管領扇谷定正の家臣・巨田道灌(おおた どうかん)として物語に登場。息子の巨田新六郎助友(おおた しんろくろう すけとも)が道節たちの前に立ち塞がる。
【11】石神井城
室町中期頃に築城されたといわれる、豊島氏の本拠地となった城。所在地は現在の東京都練馬区石神井台にある「東京都立石神井公園」内で、東京都指定文化財史跡となっている。
石神井城が太田道灌に攻められ落城した際に、豊島勘解由左衛門尉(豊島泰経)の娘・照姫が三宝寺池に身を投げたという伝説がある(照姫は架空の人物)。練馬区では、毎年春に照姫祭りを実施している。
【12】鎌倉公方(古河公方)
南北朝時代の1349〈貞和5〉年、鎌倉に設置された鎌倉府の長官のこと。関東を統治するため室町幕府により派遣され、将軍代行を務めた。だが、次第に幕府や補佐役の関東管領と対立するようになり、幾度かの争いを起こす。第5代足利成氏が上杉憲忠を暗殺した事に端を発し、享徳の乱(1454〈享徳3〉~1483〈文明14〉年)が勃発。追われた成氏は下総古河に本拠を移し、古河公方と呼ばれるようになった。
【13】関東管領(かんとうかんれい)
鎌倉公方の補佐役。初めは足利氏重臣の高(こう)氏と山内上杉氏が任じられたが、高氏失脚後は山内上杉氏の世襲となった。室町幕府で将軍に代わって政務を担った「管領」の関東版だが、鎌倉公方の家臣筋でありながら任命権は京都の将軍にあるという非常に特殊な立場にあった。京都の幕府と鎌倉府の対立などを背景にその立ち位置は揺れ動き、足利成氏が鎌倉を追われて以後は関東管領(山内上杉氏)が実質的な関東の支配者となった。 のちに長尾景虎(上杉謙信)が山内上杉氏の後を継ぎ、この職に就任したのが最後となる。
【14】足利成氏(あしかが しげうじ)
第5代鎌倉公方。生まれて間もなく父の持氏が六代将軍足利義教の軍勢に攻められて自害し、自身も処刑の憂き目にあうが、なんとか難を逃れる。その後鎌倉入りし、父の跡を継いで鎌倉公方となる。1454〈享徳3〉年、幕府が任じた関東管領・上杉憲忠を父の仇とみなして暗殺。これをきっかけに享徳の乱が勃発し、成氏は駿河守護の今川氏に攻められて鎌倉を脱出、下総古河に拠点を置き、以後実に28年の長きにわたり関東管領勢に抵抗した。
【15】山内上杉氏(やまのうち うえすぎし)
鎌倉公方に仕える上杉氏の諸家のひとつ(本流)で、初代関東管領・上杉憲顕が始祖。鎌倉の山内に居館を置いたことから山内上杉氏と称された。代々関東管領を世襲するが、戦国時代になると小田原北条氏などに圧迫されて衰退。家臣筋の越後長尾氏(長尾景虎)に上杉家の名跡を譲り渡し、表舞台から退いた。
【16】扇谷定正(おうぎがやつ さだまさ)/上杉定正(うえすぎ さだまさ)
扇谷上杉家の当主。1473〈文明5〉年に家督を継いだ。1476〈文明8〉年の長尾景春の乱では、景春方の攻撃で窮地に陥るも、重臣・太田道灌らの活躍によりこれを脱し、本拠の河越城を守った。だが、乱の和睦の内容に不満を持ち、関東管領・山内上杉家と対立。さらに太田道灌に猜疑を抱き暗殺したことから家臣が相次いで離反。扇谷上杉家没落のきっかけとなった。
『南総里見八犬伝』では、関東管領・扇谷修理太夫(しゅりのだいぶ)定正として登場。八犬士と悪因縁を持つ、最大の敵として描かれる。
【17】長尾景春(ながお かげはる)
関東管領・山内上杉家の家宰を代々務めた白井長尾氏の5代当主。山内上杉家の家臣として享徳の乱における古河公方との戦いに参戦している。
1473〈文明5〉年に父・景信の死去に伴い白井長尾家を継ぐが、山内上杉家の重臣は叔父で総社長尾氏当主の長尾忠景が継ぐことになった。これに不満をいだいた景春は1476〈文明8〉年に反乱を起こす(長尾景春の乱)。古河公方と対峙する山内上杉家の拠点・五十子陣(いかっこのじん)を攻め落とし、上杉氏と敵対する豊島氏らと同盟を結び、関東一円に戦線を拡大した。
だが、扇谷上杉家の重臣・太田道灌らの活躍により景春の勢威は衰退、古河公方の支援を受けて戦いを続けるが、古河公方と関東管領が和議を結ぶに至り、後ろ盾を失った景春は武蔵国を追われた。
その後も長享の乱(1487〈長享元〉年~1505〈永正2〉年)などに参戦し、数十年にわたって戦いを続けた。
【18】豊島勘解由左衛門尉(としま かげゆざえもんのじょう)
室町時代中期の豊島氏当主で石神井城主。長尾景春の乱(1476〈文明8〉年)では景春に与同、弟の平右衛門尉とともに挙兵し、扇谷上杉家の河越城、江戸城、岩槻城の連絡を遮断する。これを受け出撃した太田道灌らと遭遇、激戦となるも敗北(江古田原・沼袋の戦い)。平右衛門尉は討死し、勘解由左衛門尉は石神井城に退くが総攻めを受けて落城、行方不明となる。
【19】豊島平右衛門尉(としま へいえもんのじょう)
豊島勘解由左衛門尉の弟。石神井城の支城である練馬城の城主。長尾景春の乱(1476〈文明8〉年)では勘解由左衛門尉と共に挙兵する。江古田原・沼袋の戦いで討死。
【20】江古田原・沼袋の戦い
長尾景春の乱の際、武蔵国多摩郡の江古田原および沼袋(現在の中野区立江古田公園付近)で起きた局地戦のひとつ。この戦いで、豊島平右衛門尉をはじめ豊島氏方の将兵が多数戦死、石神井城へ撤退。勘解由左衛門尉は太田道灌に降参を申し入れるが、条件である城の破却を行わなかったため、石神井城は総攻めを受け落城。勘解由左衛門尉は行方不明となり、豊島氏本宗家は滅亡した。
【21】深作欣二(ふかさく きんじ)
映画監督・脚本家。1961年に千葉真一の初主演作品となる『風来坊探偵 赤い谷の惨劇』で監督デビュー。1973年から公開された『仁義なき戦いシリーズ』は邦画史に残るヒットを記録。『柳生一族の陰謀』『復活の日』『魔界転生』『蒲田行進曲』『里見八犬伝』『忠臣蔵外伝 四谷怪談』『バトル・ロワイアル』など、発表する作品の多くが大ヒット・話題作となった。2002年12月、『バトル・ロワイアルII 【鎮魂歌】』のクランクイン後に入院し、翌年1月12日に72歳で亡くなった。
【22】薬師丸ひろ子(やくしまる ひろこ)
女優、歌手。角川映画第3弾『野性の証明』の長井頼子役オーディションで優勝、高倉健との共演で1978年に映画デビュー。1980年の『翔んだカップル』で初主演。1981年に主演した『セーラー服と機関銃』は、社会現象になるほどの大ヒットとなり、日本映画界を代表する青春スターとなった。主題歌「セーラー服と機関銃」もヒットし、歌手としても高く評価されている。現在も、女優・歌手として活躍を続けている。
1983年の映画『里見八犬伝』では、ヒロイン・静姫を演じた。
【23】鎌田敏夫(かまた としお)
脚本家・小説家。1967年、『でっかい青春』で脚本家デビュー。以降、『飛び出せ!青春』『俺たちの旅』など、“青春ドラマシリーズ”のメインライターとして活躍。
千葉真一主演の映画『戦国自衛隊』(1979)の脚本を担当し、本作は配給収入13億円5千万円のヒットを記録した。1980年には角川映画のオリジナル脚本を自らノベライズした『ニッポン警視庁の恥といわれた二人組 刑事珍道中』で小説に進出。その後も脚本家・小説家として活躍を続けている。 2016年に日本脚本家連盟理事長に就任した。
1983年の映画『里見八犬伝』では、原作(「新・里見八犬伝」)と脚本を担当している。
【24】新・里見八犬伝
1982年11月に角川文庫より発売された、鎌田敏夫による小説。『新・里見八犬伝 上 闇の巻』、『新・里見八犬伝 下 光の巻』の上下巻。映画化に向け『南総里見八犬伝』を翻案した脚本をベースに、深作欣二監督からの注文を反映させ、小説化している。
【25】千葉真一(ちば しんいち)
俳優、監督、プロデューサーなど多岐にわたり活躍。東映東京撮影所を振り出しに出演した映画作品は1500本を数え、日本を代表する国際的映画スターとしてもハリウッド映画を中心に数多くの作品に出演した。2021年8月19日に82歳で逝去。1983年の映画『里見八犬伝』では、犬山道節を演じた。
【26】小澤征悦(おざわ ゆきよし)
俳優、タレント、コメンテーター。 1998年の大河ドラマ『徳川慶喜』の沖田総司で俳優デビュー。翌1999年の映画『豚の報い』で初主演。2003年には日本映画テレビプロデューサー協会が選定する「エランドール賞」で新人賞を受賞。以降もTV、映画、舞台などで活躍を続けている。
2006年のTVドラマ『里見八犬伝』では、犬山道節を演じた。
【27】『THE 八犬伝』『THE 八犬伝 ~新章~』(OVA)
1990年よりスタートしたOVA作品。『THE 八犬伝』は1990~91年に全6話、『THE 八犬伝 ~新章~』が1993~95年に全7話が発売された。
『THE 八犬伝』
原作:曲亭馬琴『南総里見八犬伝』/監督:安濃高志/脚本・構成:会川昇/オリジナルキャラクターデザイン:山形厚史
『THE 八犬伝 ~新章~』
原作:曲亭馬琴『南総里見八犬伝』/監督:岡本有樹郎/脚本:会川昇、鎌田秀美/オリジナルキャラクターデザイン:山形厚史
出演(両作品):日髙のり子、山口勝平、大塚明夫、高山みなみ、山寺宏一 ほか
【28】山寺宏一(やまでら こういち)
声優、俳優、歌手、ナレーター、司会者、ラジオパーソナリティ。1985年にOVA『メガゾーン23』の中川真二役で声優デビュー。1988年には『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』で初めて主演の吹替えを担当した。
アニメや洋画の吹き替えなど声の仕事をはじめ、俳優としてTVドラマ・映画・舞台など幅広い分野で活躍。ジャンルを問わず様々な役をこなすことから「七色の声を持つ男」とも称され、様々な作品で活躍している。
OVA『THE 八犬伝』『THE 八犬伝 ~新章~』では、犬山道節を演じた。
【29】『新八犬伝』(NHK人形劇)
1973年4月から1975年3月までNHKで全464話(1話15分、週5日放送)が放送された人形劇。
『南総里見八犬伝』を大元にしながら、同じ曲亭馬琴作の小説『椿節弓張月』(ちんせつゆみはりづき)などからもエピソードを取り入れている。
坂本九による講談調の歯切れの良いナレーション、熟達キャストによる奥行き深い演技、辻村ジュサブローによる魅力的な人形たち、藤井凡大による印象的テーマ曲などが相まって人気を呼び、平均視聴率20%を記録。放送期間も当初1年の予定が2年間に延長された。
現時点で映像が残っているのは1話、20話、86話(1〜85話の総集編/後年発見されたためDVDには未収録)、464話(最終回)のみ。また1975年に東宝チャンピオンまつりで上映された劇場版「新八犬伝 第一部 芳流閣の決斗」(TVの総集編ではなく、劇場用に新規撮影されている)も現存している(DVDが発売されたが、現在は絶版)。
脚本:石山透/出演:近石真介、川久保潔、鈴木弘子、阿部寿美子ほか
【30】川久保潔(かわくぼ きよし)
声優、俳優、ナレーター。1950年代から、ラジオ、アニメ、洋画の吹き替えなどで活躍。
洋画ではデヴィッド・ニーヴンの吹替えを担当することが多く、『007 カジノ・ロワイヤル』(67)のジェームズ・ボンド卿などで知られる。
TVアニメ『おねがい!サミアどん』(85-86)では主人公の妖精・サミアどんを演じた。
NHKの人形劇にも多数出演。2019年4月16日に89歳で逝去。
『新八犬伝』では、犬山道節をはじめ、複数のキャラクターを演じた。
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