上川畑博
フリーライター
祝・練馬城址公園開園!!
令和5年5月1日、
としまえん跡地【1】に新規開園した、
練馬城址公園【2】。これまで知る人ぞ知る城であったが、実はこの練馬城、
曲亭馬琴【3】の傑作小説
『南総里見八犬伝』【4】ともかかわりのある城なのをご存じだろうか。
『南総里見八犬伝』といえば、日本を代表する古典ファンタジーのスタンダード中のスタンダードであり、映像化作品も非常に多く、翻案作品までくわえると相当数にのぼる。記憶に新しいのは、2006年にTBS系列で放送された
滝沢秀明【5】主演の
ドラマ『里見八犬伝』【6】だろうか。また1983年に劇場公開された
角川映画『里見八犬伝』【7】は、翻案作品ながら「八犬伝」の名を広く世に知らしめた作品といえるだろう。
そこでこのコラムでは、そんな名作と練馬城の関係を紐解いていきたい。
『南総里見八犬伝』の重要人物・犬山道節
まずは『南総里見八犬伝』のあらすじから。
室町時代中期、安房国(千葉県南部)の武将・里見義実の娘の伏姫は、父が処刑した女性・玉梓の呪いにより自死を余儀なくされる。そのとき、伏姫の身体から八つの珠が飛び出し、天空へと散っていった。
物語は、その八つの珠を受け継いだ「八犬士」の列伝へと進んでいく。犬塚信乃(孝)・犬川荘助(義)・犬山道節(忠)・犬飼現八(信)・犬田小文吾(悌)・犬江親兵衛(仁)・犬坂毛野(智)・犬村大角(礼)の8人である。
彼らは、珠を持つ仲間を探すことが自分たちの宿命と悟り、それぞれの敵と対峙しながら旅を続けていく。やがて彼らはめぐり逢い、里見の敵であり全員共通の敵となる関東管領・扇谷定正(おうぎがやつ さだまさ)らと戦いを繰り広げる。
その八犬士のうち、忠の珠をもつ
犬山道節【8】という人物は、武蔵国豊島郡に生まれ、その父・道策は煉馬(ねりま)家という武家に仕えていた。
つまりこの犬山道節こそが、練馬城とかかわりが深い人物なのだ。
室町時代中期の関東情勢と練馬城
続いて史実の関東情勢(室町時代)を確認していこう。
武蔵国豊島郡というのは、現在でいう東京23区から足立区や葛飾区など東部地域を除いた区域にあたり、現在の練馬区もその一部であった。この時代の豊島郡東部(いわゆる旧江戸城とその周辺)は、
扇谷上杉氏【9】の重臣で名将として知られる
太田道灌【10】が取り仕切っており、大きな勢力を誇っていた。
また豊島郡の西方一帯には、豊島氏という平氏(秩父平氏)の流れをくむ武家が君臨していた。その豊島氏の本拠地が
石神井城【11】であり、これを守るための支城のひとつが練馬城であった。この練馬城があった場所というのが、長らく「としまえん」として愛されてきたあの丘陵地である。
室町時代の関東には、
鎌倉公方(のち古河公方)【12】とよばれる将軍代行が君臨していたが、本家である京都の将軍と長きにわたり対立していた。京都の室町幕府は、その争いで優位に立つべく、鎌倉公方の補佐役であるはずの
関東管領【13】に力添えするようになっていた。早い話が敵の家臣をそそのかしたわけだ。
こうした事情により、ときの古河公方・
足利成氏【14】は、家臣筋の関東管領と泥沼の抗争を繰り広げることとなる。いわゆる享徳の乱(1455~83年)である。その関東管領というのが
山内上杉氏【15】で、山内上杉氏の分家が扇谷上杉氏であり、当時の当主が
扇谷(上杉)定正【16】であった。
さらにややこしいことに、山内上杉氏の第一の家臣であるはずの
長尾景春【17】という実力者が、古河公方の援助を得て両上杉氏と敵対した。長尾景春の乱(1476年)の勃発である。
この乱の際、石神井城主の
豊島勘解由左衛門尉(かげゆざえもんのじょう)【18】と、その弟で練馬城主の
豊島平右衛門尉(へいえもんのじょう)【19】が、景春に同調して挙兵する。これを鎮圧するべく江戸の太田道灌(扇谷上杉氏の家臣)が出動、両者は江古田の地で激突する(
江古田原・沼袋の戦い【20】)。練馬城の平右衛門尉はこの戦いで討死し、兄の勘解由左衛門尉は逃走して行方不明となった。
この戦いで石神井城は太田道灌の手に落ち、練馬城は城主の死去によって廃城とされたとも、道灌により攻め落とされたともいう。
道節の設定と史実の深い関係
さて、この練馬城主の豊島氏(分家)というのは、文献によっては練馬氏とも称される。『里見八犬伝』の作中に登場する「煉馬」氏は、練馬の異字(またはもじり)である。
作中で、犬山道節の父・道策は、主家の煉馬氏が扇谷定正に攻められた際、討死してしまう(原作では「池袋での戦い」の結果となっている)。そして道節は、煉馬氏ならびに父の仇として、扇谷定正を長きにわたってつけ狙うこととなる。
つまり犬山道節の列伝は、あきらかに長尾景春の乱とその結果をモチーフとしているのだ。
ただ上記のように、史実的には豊島兄弟の直接の仇は太田道灌であり、扇谷(上杉)定正は関東管領家の分家であって「関東管領」ではないが、八犬伝ではその役割が扇谷定正に集約されている。
ともあれ、練馬城が『里見八犬伝』と深いかかわりがあることに変わりはない。「犬山道節は練馬出身」と覚えておくだけでも、作品に対するイメージはかわってくることだろう。
いま観られる「里見八犬伝」
ここで、現在でも観ることができる『里見八犬伝』の映像化作品を紹介していこう。
◎『里見八犬伝』(DVD・bru-ray/KADOKAWA)
※1983年劇場公開
深作欣二監督【21】、
薬師丸ひろ子【22】主演の娯楽大作。原作は
鎌田敏夫【23】の
『新・里見八犬伝』【24】。犬山道節を
千葉真一【25】が演じている。
◎『里見八犬伝』(DVD/ビクターエンターテインメント) ※2006年TBS系で放送
TBSテレビ開局50周年記念特別企画として放送されたテレビドラマ(前編・後編)。主役の犬塚信乃を滝沢秀明、犬山道節を
小澤征悦【26】が演じている。
◎
『THE 八犬伝&THE 八犬伝 ~新章~』【27】(DVD/ジェネオン・ユニバーサル) ※オリジナルは1990年にOVAとして発売
アニメーション作品。『THE 八犬伝』は全6話、続編にあたる『THE 八犬伝 ~新章~』は全7話で構成されている。犬山道節役は
山寺宏一【28】が担当。
◎『NHK人形劇クロニクルシリーズVol.4 辻村ジュサブローの世界~新八犬伝~』(DVD〈1話、20話、最終話収録〉/アミューズ・ビデオ) ※1973~75年にNHKで放送
NHKで放送された
人形劇『新八犬伝【29】』。75年には『新八犬伝 芳流閣の決斗』という劇場版も公開されている。犬山道節の声は
川久保潔【30】が担当。
練馬城址公園に行ってみよう!
最後に、練馬城そのものをもう少し掘り下げてみたい。
城地は旧としまえん一帯の丘陵地で、東西に走る石神井川に突き出た舌状台地を利用した縄張り(城の設計)となっている。丘の上を削って主郭(いわゆる本丸)とし、土塁で取り囲んでいたとされ、南北は空堀で仕切られていた。南方の練馬区立向山庭園にある池が、当時の空堀の跡という。本来は居館としてのみ利用されていたものを、戦乱の激化を受けて城砦化したのではないか、などといわれている。
現在は、上記の空堀跡などわずかな痕跡を残すのみだが、関東の重要な出来事の舞台となり、傑作小説のキャラクターとかかわりの深い城でもある。室町時代当時に思いをはせながら、新設された練馬城址公園を散策してみるのも一興だろう