山本麟太郎
フリーライター
石ノ森章太郎【1】による漫画
『サイボーグ009』【2】が誕生から60年を迎えた。
執筆開始は1964年からだが、さまざまな媒体に断続的に掲載され、最後に発表されたのは1992年。石ノ森章太郎は1966年から練馬区桜台に居を構え、そこで執筆することが多かったそうなので、『サイボーグ009』は「練馬区育ち」と言っていいだろう。
この60年の間、『サイボーグ009』は平和を訴え続けてきた。
執筆開始当時は、太平洋戦争終結からわずか20年にもかかわらず、東西冷戦は緊張が高まり、ベトナム戦争も勃発。また戦争の足音が近くに聞こえ始めた頃だった。
『サイボーグ009』の物語は、9人の若者たちが主役だ。9人は、戦争の武器売買で利益を得る「死の商人」たちの組織により、戦争兵器・サイボーグ戦士の試作品として人体改造されてしまう。だが彼らはその組織に反旗を翻し、戦争を引き起こそうと企む組織に戦いを挑んでいく。作品の中核には、戦争には悲劇しかない、という強いメッセージが込められている。
『サイボーグ009』は現在に至るまで10回アニメーション作品として映像化されている。
①1966年公開映画『サイボーグ009』【3】
②1967年公開映画『サイボーグ009 怪獣戦争』【4】
③1968年放送TVシリーズ『サイボーグ009』【5】(全26話/モノクロ版)
④1979-80年放送TVシリーズ『サイボーグ009』【6】(全50話)
⑤1980年公開映画『サイボーグ009 超銀河伝説』【7】
⑥2001-02年放送TVシリーズ『サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER』【8】(全51話)
⑦2010年イベント上映用短編『009』【9】
⑧2012年公開映画『009 RE:CYBORG』【10】
⑨2015-16年発表OVA『サイボーグ009VSデビルマン』【11】(全3話)
⑩2016年発表OVA『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』【12】(全3章を全12話に再編集)
作品ごとに特徴は異なるが、原作との関係性で大きく3種に区分できるだろう。原作漫画を下敷きにした作品(①②⑥)、原作下敷きとオリジナルエピソードが混在する作品(③④)、オリジナル要素が強い作品(⑤⑧⑨⑩)だ。(※⑦は未見のため不明)
原作との距離はそれぞれだが、“これぞ『サイボーグ009』”という2つの特徴的なシチュエーションが描かれることが多い。それは「集結」と「墜落」だ。1つは、世界各地のお互い見ず知らずのメンバーが「集結」し、ともに力を合わせて戦うなかで絆を深めていく、というシチュエーションだ。作品によっては前日譚が存在する前提で「再集結」の場合もあるが。もう1つは主人公〈
009/島村ジョー【13】(日本人)〉と飛行能力のある〈
002/ジェット・リンク【14】(アメリカ人)〉が「墜落」するシチュエーション。原作漫画の最終回のひとつ「地底帝国ヨミ編」の印象的なラストシーンをベースにしている。巨大な敵を全力で倒し力尽きた〈009〉が空中から落下。
〈002〉が救援に駆け付けるが、やはり力尽きふたりは墜落していく。墜落する〈009〉の救出に成功する〈002〉(③)だったり、〈009〉を最終決戦の場に送り届けた〈002〉が墜落(⑧)していったり、さまざまな変奏曲はあるが、モチーフとしての「墜落」は描かれている。
そんな「再集結」と「墜落」が描かれたモノクロTVシリーズ(③)から、戦争を正面から描いた2つのエピソードを紹介したい。第16話「太平洋の亡霊」と第26話「平和の戦士は死なず」だ。
「太平洋の亡霊」は、旧日本軍の戦艦や戦闘機が蘇りアメリカを攻撃する。その兵器たちは太平洋戦争中に特攻隊で息子を失った科学者が生み出したものだった、というストーリー。日本国憲法第9条が手書き文字テロップとなって画面に流れるという大胆な演出が印象深い。
「平和の戦士は死なず」は、冒頭で広島平和記念公園が描かれる。「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」。娘とともに訪れた軍人・ネヴィルは、そう刻まれた平和への誓いを胸に焼き付ける。しかし、東西対立が激化する中、ついに核ミサイルの発射指令が下る。発射ボタンを押すことを躊躇するネヴィルだったが、ついに核ミサイルは発射されてしまう…。
「太平洋の亡霊」は過去の戦争が生んだ悲劇を、「平和の戦士は死なず」はこれから起こりうる戦争の惨禍を描いている。このモノクロTVシリーズが放送されたのは1968年。敗戦からまだ23年。海外ではベトナム戦争が泥沼化していた。演出の
芹川有吾【15】も、脚本の
辻真先【16】 も、10歳前後で太平洋戦争を体験している。敗戦時に7歳だった石ノ森以上に、戦争の悲惨さを体感していたに違いない。視聴者である子どもたちに、渾身のメッセージを遺そうとしたのではないだろうか。
今年(2024年)、ノーベル平和賞を「日本原水爆被害者団体協議会」が受賞した。今年受賞の背景には、ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ戦争が続いていることへの危惧があるという。
原作漫画でもアニメーション作品でも構わない、今、こんな時だからこそ『サイボーグ009』の作品に触れてほしい。特にこれからを担う若い人たちや子どもたちに。そして、『サイボーグ009』に込められた思いを、願いを、胸に刻んで新しい世界を作っていってほしい。そう願わずにはいられない。