和智正喜
小説家
──シュポーッと汽笛が星の海に鳴り響く。
逞しい動輪が不可視のレールを踏みしめていく。
そして郷愁の蒸気機関車が宇宙に駆け上がる。
──それに乗るのは
星野鉄郎【1】。貧困の中に育ち、唯一の肉親であった母さえ失う。まさになにも持たない少年が、謎めいた美女メーテルに誘われ、星の海への旅に出る。
2023年に85歳で亡くなった、漫画家・
松本零士先生【2】の
『銀河鉄道999』【3】とはこんなストーリーである。
『999』は松本先生の代表作であり、70年代末からの「松本零士ブーム」の中核であることは間違いないが、そこに至る道は平坦なものではない。高校在学中にデビューし、卒業後、福岡から上京。少女漫画、SF漫画で多くの作品を生み出したがヒット作に恵まれない期間が続く。だが1971年、「週刊少年マガジン」連載の
『男おいどん』【4】が評判を呼び、1974年のテレビアニメ
『宇宙戦艦ヤマト』【5】にメインスタッフとして参加、漫画の連載をしたことで、更に一般的な知名度を上げた。
そんな松本先生が1977年、『週刊少年キング』において連載を始めたのが『999』である。同作は1978年にテレビアニメ化、翌1979年には劇場用アニメとなり大ヒット、『ヤマト』から続く、松本零士ブーム、そしてSFアニメブームを大いに盛り上げた。松本零士原作名義の映像(アニメ)タイトルを挙げるだけでも、
『宇宙海賊キャプテンハーロック』【6】『惑星ロボ ダンガードA』【7】『SF西遊記スタージンガー』【8】『新竹取物語 1000年女王』【9】等、枚挙に暇がない。
さて、この『999』だが、いわゆるブームの頃、私は中学生から高校生になる時期だった。原作も読み、テレビアニメも観て、映画館にも駆けつけた。当時、今ほどは市民権を手に入れていなかった、それでも少なくはないアニメファンのひとりだった。そしてそれから随分年月が経ったある日(今から十年ほど前)、ある出版社(と松本先生の関係者の方)から「『999』の小説を書いてみませんか?」というお誘いを受けた。
お話を伺ってみると、ただの小説版ではなく、現時点では最新のアニメとして制作された
『銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー』【10】(98)の後を受けての、『999』のストーリー自体の完結編であると。驚くと同時に少々困った。松本先生によって以前から用意されていた最低限のプロットは存在する……とはいえ自分が『999』を終わらせる。しかも話を聞いていくと、これまでの松本先生の作品をすべてを絡ませ、キャラクターもメカも登場させてほしい……と。
とても困った。困ったが、とても魅力的なチャレンジであるのもまた事実だった。膨大な数のキャラクターが登場することもあり、ぶ厚い新書版で上下巻、400字詰1000枚の長篇となった。私としてみれば、その執筆期間は鉄郎が歩んだ長い旅に似ていた。
小説のタイトルは
『GALAXY EXPRESS999 ULTIMATE JOURNEY』【11】。執筆の前後、松本先生には何度かお目にかかり、お話をさせていただく機会もあった。だが、不思議と小説の内容についてはあれこれ言われたことはなかった。
ただひとつ……当初、松本先生から「終わらせ方については和智さんが自由に決めていいよ」と言われていて、自分として納得できるラストを書いて物語を終わらせた。……ところが後日、松本先生から連絡があった。なにかと思うと「ラストはやはり自分で考えたものにしたいんだが……」という話で。「えっ、約束と違う」と思いつつも、松本先生の言うことなら逆らえないなぁと苦笑いするしかなかった。最後に見せてくれた先生のワガママが、なんだかむしろ嬉しかった記憶がある。