「矢吹丈が自分の中に乗り移っていた」――今も息づく『あしたのジョー』の記憶
〜第48回練馬まつり 特別企画「『あしたのジョー 劇場版』上映会&トークショー」レポート〜

2025年10月19日、練馬文化センター大ホールで「第48回練馬まつり」の特別企画として
「『あしたのジョー 劇場版』【1】上映会&トークショー」が開催された。『あしたのジョー 劇場版』の上映後、主人公・矢吹丈を演じた俳優で歌手の
あおい輝彦【2】が登壇し、アニメーターで『あしたのジョー』研究家の
野口征恒【3】を聞き手に、作品制作当時の思い出話を語った。
『あしたのジョー 劇場版』は1980年に公開された劇場版アニメである。1970年4月1日から1971年9月29日にかけてフジテレビ系列で放映されたTVシリーズ(全79話)のうち第1話から第51話を、153分の劇場用作品として再構成したもの。主人公・矢吹丈と宿命のライバル・力石徹の対立に焦点を当てたストーリー構成で、二人の死闘で物語はクライマックスを迎える。
原作マンガ『あしたのジョー』【4】の制作時、原作者の
高森朝雄(梶原一騎)【5】と作画の
ちばてつや【6】は、いずれも練馬区在住であった。また、1970年から放映されたTVシリーズのアニメは、やはり練馬区にあった
虫プロダクション【7】が制作している。さらに劇中では、ジョーが盟友・マンモス西と出会った場所は練馬区の東京少年鑑別所(通称ネリカン)とされており、本作と練馬の縁は深い。
今回の上映は地元ファンからの熱い要望を受けて実現したもので、当初は定員800人を予定していたものの希望者が殺到し、急きょ900人に拡大したという。それでも当日は満席となる盛況ぶりだった。

アニメ本編上映後、休憩を挟んで登壇したあおい輝彦は、野口の呼びかけに応じ「俺かい? 名乗るほどのモンじゃないが、ジョー、矢吹丈」と劇中の名ゼリフを披露し、会場は一気に熱気に包まれた。
最初の質問は、ジョー役を引き受けた経緯から始まった。あおいは「小さい頃から父親に連れられてボクシングを観に行っていたし、『あしたのジョー』は『週刊少年マガジン』(講談社)で毎週読んでいたくらいに大好きでした」と語る。
電話で直接オファーされたが、当時の芸能界の風潮として俳優、歌手、声優などを兼ねるケースは少なく、アイドルグループ「ジャニーズ」解散後にジャニーズ事務所から独立したばかりのあおいは、歌も封印して俳優一本でやっていく決意をしていた。そのため「(ジョー役を)最初は断った」という。しかし、音響監督の
左近允洋【8】から「あおいさんしか考えてない」と熱心に説得され、引き受けたとのことであった。さらに、ジョーを引き受けたからには「義理立てする……というわけではないけど、あれもこれも(声優として役を)やるのは違うと思った」と、ほかの声優のオファーは極力断り、ジョーのキャラクターイメージを守ってきたことを明かす。

ジョーを演じる際の役作りについて問われると、「まったくなかった」と即答する。
「矢吹丈が自分に乗り移っている感じでした。だから演技プランはなかったし、声も全然作っていない。初日の仕事から、アニメーションに声を吹き込んでいるとは思ってないんですよ。 自分が演じたフィルムに音声を当てているつもりでした」。
また、劇中で印象的なセリフの言い回しに「おっつぁん」がある。「台本には『おっさん』と書いてあったんですけど、『へへっ、おっつぁんよう、酒くせぇんだよ』と言っちゃったんです。そうしたら『今の感じ、とってもいいですね。そのまま使います』と採用されたんです」と制作秘話を語っていた。

さらには、ちばてつやとの交流についても触れていた。自身の50周年コンサートに来場したちばが、色紙にジョーとあおいの似顔絵を描き、そこに「感謝」二文字を記していたという。「理由を尋ねると『少年の複雑な感情を表現してくれたことに対して、僕はすごく感謝してる』と言ってくださったんですよ」と裏話を明かしていた。
トークショーの締めくくりには、あおいがTVシリーズ
『あしたのジョー2』【9】のラストシーンを再現した。ホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチを戦い抜いたあと、ジョーが「真っ白に燃え尽きた」と独白するシーンを迫真の演技で再現。続いて『あしたのジョー』TVシリーズのオープニングテーマ曲を熱唱すると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

TVシリーズ初放映から50年以上が経ってもなお色褪せない『あしたのジョー』の魅力を、誰もが再認識するイベントであった。
あしたのジョー劇場版 解説
『あしたのジョー』劇場版は、
『宇宙戦艦ヤマト』劇場版【10】の大ヒットがブレイクスルーになって爆発的に拡大した「アニメブーム」只中の1980年3月8日に公開された。 もともとは、映画公開の10年前、1970年4月1日より全79回放送された
テレビシリーズ作品【11】。虫プロダクションの制作で、チーフディレクターは
出﨑統【12】。後の「出﨑節」とも言える独特な演出手法の片鱗が垣間見える傑作シリーズであった。その1話から51話までを再構成したのが本劇場版で、 監督はテレビディレクター出身の
福田陽一郎【13】が務めた。今回のイベントで聞き手を務めた、アニメーターであしたのジョー研究家の野口征恒によれば、基本はTVシリーズの映像の再編集だが、ラスト1カットのみ新規描き起こしのカットだという。TVシリーズで使われたのとは異なる絵で映画を締めくくっているそうだ。
音は新たに作り直され、演者もテレビシリーズとは異なるキャストが多い。 主人公・矢吹丈役のあおい輝彦と、彼を支えるトレーナー丹下段平役の
藤岡重慶【14】こそ同一だが、宿命のライバル・力石徹は仲村秀生から
細川俊之【15】、ヒロイン・白木葉子は西沢和子・恵比寿まさ子から
檀ふみ【16】、ジョーのジム仲間となるマンモス西は西尾徳から
岸部シロー【17】に変わっている。 言葉遣いも80年代らしく「ダサい」「口裂け女」などTVシリーズ放送時には使われてなかった言葉が使われていて時代性の反映として興味深い。
そして本作公開から半年後の1980年10月13日から、TVシリーズ『あしたのジョー2』の放送がはじまる。制作は東京ムービー新社(現:トムス・エンタテインメント)、監督は『あしたのジョー』TVシリーズでチーフディレクターを務めた出﨑統。物語は、宿命のライバル・力石徹を喪い、苦しい放浪を終えた矢吹丈が丹下ジムに戻りボクサーとしての復帰を目指すところから始まり、原作最終章の世界チャンピオン ホセ・メンドーサとの決戦までを全47話で描ききる。
この《10年前に放送されたTVシリーズ再編集版の劇場公開、その半年後に続編シリーズ放送開始》という流れは、当時のアニメーション作品を取り巻く環境が大きく関係している。
冒頭にも記したように、1977年8月6日に公開された『宇宙戦艦ヤマト』劇場版は空前の大ヒットとなった。この劇場版も概ね1974年に放送されたTVシリーズの再編集で構成された作品だった。それまで「子どものもの」と認識されていたアニメーション作品は、実質的には青年層の心を掴んでいたことが『宇宙戦艦ヤマト』劇場版の大ヒットにより一気に表面化、新作アニメの制作、過去作のリメイクが猛烈な勢いで進められることになる。
当の『宇宙戦艦ヤマト』は、劇場版第2作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を翌1978年8月に公開。こちらも大ヒットとなり、同年10月にはTVシリーズ『宇宙戦艦ヤマト2』の放送が始まる。
過去の人気作品を、劇場公開や新シリーズTV放送開始で再注目させる、という手法がトレンドとなっていったのだ。
SFアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』は、1972年にシリーズ放送、6年後の1978年7月再編集劇場版公開、同年10月から続編『科学忍者隊ガッチャマンⅡ』、翌1979年さらなる続編『科学忍者隊ガッチャマンF(ファイター)』放送開始。石ノ森章太郎原作の人気作『サイボーグ009』は、1968年にシリーズ放送、11年後の1979年に新シリーズ放送開始、1980年には劇場版『サイボーグ009 超銀河伝説』が公開。現在も続く『ルパン三世』も、1971年に最初のシリーズが放送され、6年後の1977年10月から新シリーズの放送が始まった。さらに1978年12月に劇場版第1作『ルパン三世(ルパンVS複製人間(クローン))』、翌1979年12月には宮崎駿監督による『ルパン三世 カリオストロの城』が公開され、現在まで続く人気のベースを確固たるものにした。
『あしたのジョー』と同様、出﨑統がチーフディレクターを務めた『エースをねらえ!』も、1973年にTVシリーズが放送され、5年後の1978年10月にリメイク版『新・エースをねらえ!』放送、翌1979年9月には出﨑統監督による完全新作の『劇場版 エースをねらえ!』が公開された。
1980年には、『鉄腕アトム』(10月1日~)『鉄人28号』(『太陽の使者 鉄人28号』10月3日~)も新シリーズが製作され復活することになる。
そのようなアニメーション作品をめぐる潮流が、大きな渦を巻いて急流となる中、1980年3月、『あしたのジョー』は復活を遂げる。
まずは3月公開の劇場版。TVシリーズの再編集版ながら、新テーマ曲、おぼたけしの歌う「美しき狼たち」に乗せて、丹下段平が「立て!立つんだジョー!」と叫ぶ予告編が強烈なインパクトでジョー復活を高らかに宣言した。その半年後の10月13日、『あしたのジョー2』の放送が始まる。
『あしたのジョー2』の監督は、出﨑統。チーフディレクターを務めた『あしたのジョー』以降、『ガンバの冒険』(1975)『宝島』(1978)劇場版『エースをねらえ!』(1979)『ベルサイユのばら』(1979)と着実に独自の演出技法を磨き上げ、この『あしたのジョー2』は、その頂点ともいえる洗練された演出が冴えわたる稀代の傑作シリーズとなった。
さらに、シリーズ放送中の1981年7月4日
『劇場版 あしたのジョー2』【18】も公開される。同年8月31日に最終回が放送されるシリーズに先駆けてラストシーンが描かれるという前代未聞の上映となった。しかもシリーズに先行するラストシーンは、シリーズとは異なる演出が施されている。
【告知記事】《終了》「第48回練馬まつり上映会」を開催します。

練馬区で執筆活動をしていた高森朝雄氏(原作)と、ちばてつや氏(漫画)による原作漫画を、同じく練馬区に所在した虫プロダクションがテレビアニメを制作した「あしたのジョー」の劇場版!
「映像∞文化のまち ねりま」とゆかりのあるこの作品を、「練馬まつり」でお楽しみください!
開催概要
【日時】
令和7年10月19日(日)
11時30分開演(11時開場)
【会場】
練馬文化センター大ホール
【チケット料金】
全席指定500円 車いす席250円(同伴者1名無料)
【上映作品】
「あしたのジョー 劇場版」(1980年/カラー/BD/153分)
アニメ史上に金字塔を打ち立てた不滅の名作が大画面に蘇る!!
声の出演:あおい輝彦(矢吹丈)、細川俊之(力石徹)、藤岡重慶(丹下段平)、檀ふみ(白木葉子)、岸部シロー(マンモス西)ほか
スタッフ:≪総指揮≫梶原一騎 ≪監修≫ちばてつや ≪監督・脚本≫福田陽一郎 ≪チーフ・ディレクター≫出﨑統 ≪製作≫川野泰彦 ≪音楽≫鈴木邦彦 ≪原作≫高森朝雄・ちばてつや(講談社刊)
【アフタートークイベント(30分、14時50分終了予定)】

ゲスト:
あおい輝彦
1962年、ジャニーズ事務所の創立グループ「ジャニーズ」を結成。熱狂的人気を博す。解散後、俳優としてテレビドラマ「冬の旅」「赤ひげ」、大作映画「二百三高地」「犬神家の一族」など、多数出演。また、アニメ史上に残る「あしたのジョー」矢吹丈のアテレコ。歌手としても、「二人の世界」「あなただけを」「Hi-Hi-Hi」「センチメンタルカーニバル」等ヒット曲多数。1988年からは国民的人気番組「水戸黄門」で12年間、助さん役を好演、支持を受ける。
インタビュアー:
野口征恒
千葉県出身。あしたのジョー研究家。スタジオⅯ2所属。アニメーターとしての参加作:「PLUTO」「メガロボクス2」(作画監督)、「マイホームヒーロー」「女神のカフェテラス」(キャラクターデザイン)。“あしたのジョー博士”として広く知られている。練馬区立美術館「あしたのジョー、の時代展」(2014年)資料提供・全面協力
https://soulofjoe.jp/ あしたのジョーファンサイト経営
【チケット購入方法等】
チケット購入方法や注意事項について、詳しくは
練馬区ホームページをご覧ください。