大倉崇裕
推理小説作家・脚本家
中学校から帰ってきて、何気なくテレビをつけた。今から振り返ると、その瞬間こそが、人生のターニングポイントであったのだ。
画面に映しだされたのは、刑事ドラマ
『特捜最前線』【1】の再放送。予備知識もなくいきなり見始めたにもかかわらず、画面から目を離すことができなくなった。あまりの面白さにフラフラになった。
『特捜最前線』は1977年から10年にわたり、全509話が放送された刑事ドラマの金字塔だ。当時は
『太陽にほえろ!』【2】『Gメン’75』【3】など多くの刑事ドラマが放送され人気を博していたが、私の心をがっちりと掴んだのは『特捜最前線』だった。
刑事のキャラクターに依るのではなく、毎回起きる事件を通して、社会や人間を深く描いていく。当時、銃をバンバン撃つ刑事ドラマに違和感を覚えていた私に、ピタリとはまった。
偶然の出会いから『特捜最前線』の虜になった私は、翌日以降、学校から駆け足で帰り、テレビにかじりつくようになった。
そんな中で、ふとある事に気づく。毎話、時を忘れるくらいに面白い『特捜最前線』であったが、数回に一度、特にずば抜けて面白いエピソードがある。しかもそれは、本編のファーストカットを見た瞬間、「あっ、今日は何かが違う!」と判るほどなのだ。だが、いったい何が違うのか、なぜ一定のサイクルで圧倒的に面白い作品がやってくるのか、理由がはっきりしない。
しばらく悩んだ後、そうしたエピソードのエンディングには、必ずある名前がクレジットされている事に気がついた。脚本家・
長坂秀佳【4】である。
『特捜最前線』で長坂秀佳氏が書く脚本は、とにかく神がかっていた。挑戦的で斬新なアイディアに満ち、驚きの真相が用意され、タイムリミットサスペンスも盛りこみながら、最後には哀しい人間愛で鋭くえぐってくる。正味五十分に満たない作品の中に様々な要素が詰めこまれ、さらにそれぞれが化学反応を起こし、一級の娯楽作品として完成していた。後に判る事だが、私が『特捜最前線』と出会うきっかけになったエピソードも、長坂秀佳氏の手によるものだった。
『特捜最前線』でミステリーに目覚めた私は、三十代でミステリー作家になった。作家になった後も、長坂秀佳氏は私の憧れの人であり続けた。ただし、お目にかかって話をした事はない。たとえ目の前にご本人がいらしても、緊張で言葉がでなかっただろう。
私は長坂秀佳氏を「師匠」だと思っている。もちろん、了解など取っていない。私が勝手に思っているだけだ。ご本人が知ったら、激怒されるかもしれない。
四十代になって、
『劇場版 名探偵コナン』【5】の脚本を書く事になった時も、頭にあったのは、「特捜最前線の師匠」長坂秀佳の脚本だった。
「爆弾」「タイムリミットサスペンス」「伏線」など、長坂脚本から学んだ要素を、意識的に盛りこんだ。中でも拘ったのは、長坂脚本の隠れた特徴の一つである「登場キャラクターすべてに、必ず見せ場を作る」という点だった。
長坂氏が書く『特捜最前線』には、レギュラー刑事たち全員に、たとえごく小さなものであっても見せ場がある。そしてそれが、クライマックスで思いがけない効果をあげたりもする。
『劇場版名探偵コナン』は登場人物が非常に多い。それぞれに見せ場を用意する事は容易ではないのだが、ギリギリまで粘ってそれらを盛りこんだ。「師匠」勝手な事ばかりしてすみません。
五十代になって、ふと思う事がある。中学生のあの日、もしテレビをつけなかったら、もしほかのチャンネルを見ていたら、もしその時放送していたエピソードが長坂脚本でなかったら。自分の人生は恐らく変わっていただろう。