—— 映画『ハケンアニメ!』【1】に参加することになった経緯はどのような形だったんでしょうか?
新谷:プロデューサーの須藤さん【2】が、昔からお世話になっている方でして。ドラマだとか、映画だと『探偵はBARにいる』【3】などの作品にお声がけいただいたり。すごく演劇がお好きな方で、小劇場の役者さんにちょっとポイントの役だとか、ちょっとクセのある役を振ってくださることが多くて。今回もお声がけいただきました。
—— 脚本を読んで、白井という人物をどのように捉えたのでしょうか?
新谷:基本的には吉岡里帆ちゃん【4】が演じる斎藤瞳監督のやりたいことに対して現実的な是非を突き付ける、クリエイターサイドというより制作側の人間。でも、「瞳がやりたいことができない」というパーツの一つかと思いきや、どんでん返しができればいいのかな?ということを考えていましたね。
—— 事前にプロデューサーや監督から、「こういうふうにしてほしい」というような話はあったのでしょうか?
新谷:吉野監督【5】はいくつかのアニメ制作会社を取材して、実際の編集さんをリサーチされていたんです。その方が、ちょっと落ち着いたお袋さん的な感じだったようで、最初の衣装合わせのときに用意されてた衣装が、白いチュニックにジーンズとか、カーディガンとか、お母さんっぽいものだったんです。でも、そんなに出番が多いわけでもなく、その役がポイントポイントでわかってもらえるかな?みたいな話にもなって。
私がご一緒するアニメのスタッフさんは、着るものとかにもこだわりがあったり、見た目から曲者系の人とか、個性的だったり、年齢を感じさせないお洋服を着てらっしゃる方が多かったので、「もうちょっと何か個性的な服がないですかね?」という話をしたら、衣装さんも「じゃあ、ちょっとエスニック系にしましょうか」みたいな感じで、衣装部屋からストックをたくさん持ってきてくださったんです。それもあって、ちょっと癖がありそうな、みんなから一目置かれていたり、自分の世界を持っているのがわかるような感じにしてもらいました。最初からそんなディスカッションをしたり、提案するところから始めましたね。
—— 新谷さんはアニメの声優としてもですが、例えば『この世界の片隅に』【6】の広島弁監修のような、制作現場に近い関わり方もされています。そういった経験も、この役に反映されているのでしょうか?
新谷:私自身は演劇出身ですが、演劇の現場はスタッフとキャストの距離がすごく近くて皆仲が良いんです。どの現場でも1ヶ月2ヶ月は一緒に稽古をするので。アニメの現場でもスタッフさんと仲良くするのが基本的にすごく好きですね。なので、アニメスタッフさんのノリというか、役者とは違うテンションでアニメ作りに関わっている部分も見ているので、結構距離が近いかなと思います。それでも編集さんという仕事はちょっとわからなくて、知り合いのスタッフさんに聞いてみたりもしたんです。するとその方もクリエイターというよりは制作さんに近くて、「役者さんの芝居が良かったからこう変えちゃいました」みたいなことを逆に抑制するというか、「やりたいからってやっていたら、予算なくなるよ」とか、「時間も人も足りないでしょう」みたいなことを言う側の人だったんです。それは演劇の制作さんにも近いイメージもあって、「やっぱりそうなのかな?」と思いながら演じていました。
—— 演劇をベースとしながら、実写映像でお芝居をされたり、アニメーションで声をアテたりされていますが、演劇と実写映像とアニメーションでは、何が一番違うと感じますか?
新谷:本当にシンプルな現実的なことで言うと、かける時間ですかね。演者がその演技にかけられる時間、の違いが一番です。
演劇の場合は1時間とか2時間の作品のために1ヶ月2ヶ月と長いこと稽古をして、初日に照準を合わせて少しずつ積み重ねていくという作り方です。
映像の場合は台本を事前にもらいつつも、撮影現場で少しずつ撮っていきます。演技自体はその都度その都度、撮るシーンでの瞬発力が必要とされますが、毎日だったり、何日かおきにカットごとに撮っていく。それも時系列通り撮らないことも多いので、自分の中ではいろんなシーンが繋がった状態をイメージして演じます。なので瞬発力とプラスして持続力の両方がいるという形です。特に映画はそうですね。
アニメの場合は、瞬発力ですね。事前に練習用のVTRなどを見て用意はしますけど、現場の空気感とか監督のオーダーとか、共演者さんの演技に合わせたりとかで、絶対にその通りにはいかない。その場その場で自分をカスタマイズしたり、自分の引き出しを開けながら、本当に2時間とか3時間の中でベストを出すんです。ただ、アニメのアフレコは、録れば録るほど新鮮味がなくなっていくので、「テストが一番良かった」みたいになりがちなんです。なので、瞬発力で一発で正解が出せるか?という世界です。
ただ、私自身の演技だけの話で言うと、実写だからアニメだからとは考えない方なんです。
アニメに行くと「演劇の人だね」と言われるし、演劇の現場では「アニメっぽいよね」と言われるし、映像の現場でも「もうちょっと何か、人間らしい演技を」みたいに言われて、どこに行っても、外様というか、馴染まないというか。一時期は悩んだこともありましたが、今はスキマ産業じゃないですけど、コウモリ野郎!って感じです。アニメの現場では「演劇の人間なんでちょっとわかんないです、パク合わなくてすいません」とか、演劇の現場だと「すみません、最近ちょっとアニメばっかやってて」みたいな感じで、のらりくらりとコウモリ状態を楽しんでいる感じが多いですね(笑)
—— 今回、白井を演じるときに、何か気をつけたポイントはありますか?
新谷:先ほどの衣装の話にもなりますが、「お母さんになりたくない」のはすごくありました。普段は厳しくしている人が、肝心なところで助け舟を出す。という役周りの人がお母さん的だと、私は逆に救いがない感じがして。同じ作品を作る女性同士の関係性を、「お母さんと娘」みたいにすべてを何となく繋げてしまうのは嫌だったので、そこはちょっと抵抗したところでもありました。当たり障りのない、優しすぎる感じにしなかったことが、結果的には良かったかな?と思います。
—— 終盤の、制作スタッフにとって大事な分岐点のところで、白井の存在感が光ります。
新谷:あの会議のシーンは特に、私だけじゃなくて他のスタッフさん役の方たちみんなそうだと思いますが、どのシーンを切り取られてもいいように、映っている方も映っていない方も気持ちを一つにしていました。
私は「ナイロン100℃【7】」という劇団にいるんですが、里帆ちゃんが『ハケンアニメ!』の前に劇団のボスのケラリーノ・サンドロヴィッチ【8】の作品に出演されていたんです。ケラさんとも仲良くされていて、私のことも知っていてくださって、映画で共演するのは初めてだったのですが、「ナイロンの役者さんですよね」と声を掛けてくれたんです。なので、ベテラン感とか一目置かれている感じが出ていたとしたら、長く演劇をやっていたことや、ナイロンとかケラさんのおかげで、ちょっと下駄を履かせていただいた感があるかなと思います。
—— 撮影中のことで、特に印象的に覚えてることはありますか?
新谷:空き時間に、里帆ちゃんや柄本佑くん【9】と、演劇の話をしたことですね。
お二人の演技は、撮影中は「自然なんだな」とか「さりげないお芝居なんだな」って思うのですが、映像になったものを見ると、すごく求心力があるんです。ちょっとした仕草や目線、ほんのわずかな気合の入れ方、呼吸の変え方など、全部効果的に映っていて、「淡々とやっていたように見えるけど、ファインダーを通すとこうなるんだ!」と。私はもうあざといので、動作とかで何とかしていましたけど(笑)。そういうちょっとした、自然の中にもグっと引き込まれるようなリアリティとか気迫のようなものが、吉野監督は欲しかったんだろうなと後々思いました。
—— 完成作品をご覧になって、どのような感想をお持ちになったんでしょうか?
新谷:皆さんのお芝居が本当に素晴らしいですね。吉岡里帆ちゃんが演じる瞳が、自分がアニメを作りたいという思いから作品を仕上げていって、サクセスしていったり、ライバル関係が生まれたりみたいなことが、女性目線でめちゃくちゃわかるというか。特に物作りをしている女性や、自分でプライドを持って働いている女性には、もう全員ぶっ刺さるだろうな!と思います。「これはすごい作品に仕上がってる!すごい!」と、本当に試写で号泣しましたね。
—— 公開当時、新谷さんがこの作品を熱烈に推していた印象があります。
新谷:やはり頑張って仕事する女性の悲喜こもごも、里帆ちゃんと尾野真千子さん【10】の2人のタイプの違う女性の頑張り方とか、壁のぶち当たり方とか、自分ではどうにもならないことへの立ち向かい方みたいなことが、本当にすごくリアルに、だけど希望を持って描かれていて。物作りをする女性の姿、働く女性の姿を「こんなふうに描いてくださってありがとうございます」というような気持ちでした。自分もその一端として関われたことがすごく嬉しいし、誇らしいなと思いましたね。
—— この映画をご覧になられていない方には、どのようにおすすめしますか?
新谷:女性にはぜひ見てほしいですね。特に仕事に迷っていたり、これから何かお仕事を始めようかな、就職したいなと思っている人。そして最近多いですけど、アニメのお仕事に興味がある人、声優になりたいなという方も、見てみるといいんじゃないかなと思います。
女性がどういうふうに現場を支えたり、女性ならではの悩みがあるのかみたいなことが描かれていますので、ちょっと偉い人にも見てほしいですね。
あと、恋愛要素が苦手な方にも。「二つのカップルが仕事を通じて出来上がりますよ」という話では絶対ないので、そこは安心してください。そういうのが苦手な方とか、男女のバディものが好きな方とかは、特に見ていただきたいですね。男性キャストもとてもかっこいいですし、仕事に対する葛藤や、足掻いているかわいらしさも描かれています。
あとはもう、メインの4人のファンの方は、絶対に見た方がいいと思います。
ありがとうございます。次回も引き続き、新谷真弓さんにお話いただきます。どうぞ楽しみに。
明日の勇気につながる1作新谷真弓さんのおススメ!
『Wの悲劇』
(1984年/日本/原作:夏樹静子/監督:澤井信一郎/出演:薬師丸ひろ子、三田佳子、世良公則、高木美保、三田村邦彦、仲谷昇、蜷川幸雄 ほか)
劇団の研究生・三田静香は、看板女優・翔の部屋で彼女のパトロンが亡くなっているのを目撃してしまう。翔は舞台『Wの悲劇』の主役の座を条件に、静香にスキャンダルの身代わりを持ちかけるが…。
新谷:私自身もいろんな作品から勇気をいただいているので迷ったんですけど、今回は
『Wの悲劇』【11】という、ちょっと昔の日本映画をおすすめしたいと思います。
今回、演劇の話をたくさんしましたが、この作品は架空の劇団を舞台にしたベテラン女優と新人女優の確執やサクセスストーリーを絡めたそういう青春ものなんです。
劇団のベテラン女優が起こしたスキャンダルを、新人女優に向かって「あなたがかぶってくれたら、次の演劇の主役に推すわよ」と裏取引を持ちかける、ホテルの一室での長回しがあるのですが、舞台みたいにどこから見られても、どこから撮られても構わないような鬼気迫る丁々発止で、本当に素晴らしいんです。
ベテラン女優役の三田佳子さんが、手を変え品を変えながら懐柔しようとする。その様子を見ながら話に乗るか反るかをバチバチ考える新人女優役の薬師丸ひろ子さん。その当時の年齢を考えると、「若い女優さんがこんな受け応えをしてるんだ!」というのも凄いし、お二人のそのときの掛け合いでしか生まれなかった奇跡みたいなもの、その一瞬でしか切り取れなかった、鮮烈な素晴らしさみたいなものをずっと残せる映画って、本当に素晴らしいなって思います。
自分も演技の仕事をやっていて、「こういうふうに切り取ってもらった一瞬が、誰かに勇気とかときめきを与えることができるといいな、できてたらいいな」と思ったりするんですよね。